天然痘は1980年に世界保健機関(WHO)によって根絶が宣言された感染症ですが、その根絶に使われた天然痘ワクチンが、今なお私たちを別の感染症から守っているとしたらどうでしょうか。中国・暨南大学(Jinan University)の研究チームは、天然痘ワクチン接種によって誘導されたCD8+T細胞免疫が、接種から40年以上経過した高齢者においても維持されており、しかも近縁のサル痘(mpox、エムポックス)ウイルスに対しても交差反応することを明らかにしました。2022年以降、世界的に感染が拡大したサル痘への対策を考えるうえで、大きなヒントとなる発見です。この研究成果は、「Smallpox Vaccine Elicits CD8+ T Cell Immunity Persisting Over Four Decades with Cross-Recognition of Monkeypox Virus(天然痘ワクチンは40年以上持続するCD8+T細胞免疫を誘導しサル痘ウイルスと交差認識する)」として、プレプリントサーバーbioRxivに2026年9月に公開されました。
ワクチンウイルスとサル痘ウイルスは驚くほど似ている
天然痘ワクチンに使われるワクシニアウイルス(VACV: Vaccinia Virus)と、サル痘の原因であるサル痘ウイルス(MPXV: Monkeypox Virus)は、同じポックスウイルス科に属する近縁のウイルスです。研究チームによると、両者のゲノム中央領域は96.3%という高い相同性を持ち、CD8+T細胞が認識する標的(エピトープ)についても82%が共有されていると報告されています。この類似性の高さから、天然痘ワクチンで訓練された免疫細胞が、サル痘ウイルスに対しても防御的に働く可能性が以前から注目されていました。しかし、その交差免疫がどれほど長く、どの程度強く持続するのかについては、これまで十分に解明されていませんでした。
21個の候補から2つの「本命」エピトープを特定
研究チームはまず、バイオインフォマティクスデータベース(IEDB)を用いて、MPXVとVACVで完全に一致する配列の中から、多くの人が持つHLA-A2という白血球の型に結合しうるCD8+T細胞エピトープを21個(M1〜M21)予測しました。これらはワクシニアウイルスのE3L・B16R・C6R・A5L・A40L・F8Lといった遺伝子に由来するものです。
続いて、ELISA法によってこれらのペプチドが実際にHLA-A2分子と安定した複合体を作れるかを検証したところ、21個すべてが結合能を持つことが確認されました。さらに、TAP分子を欠損させたT2A2細胞株を用いた抗原提示実験や、MHCテトラマー技術(抗原特異的なT細胞を高精度に検出できる標準的な手法)による解析を経て、その中からM15・M17という2つのエピトープが、特に強い免疫原性を持つことを突き止めました。
接種後40年以上たっても免疫は「現役」
研究チームが53〜75歳の天然痘ワクチン接種経験者を対象に調べたところ、M15・M17に対するCD8+T細胞の応答は、接種から4 decades(40年以上)が経過した現在でも検出可能でした。また、若年層の被験者では、これらのエピトープに対する応答が高齢層に比べて有意に強いことも示されました。これは、天然痘ワクチンが誘導するT細胞免疫が、抗体とは独立した形で非常に長期にわたり体内に保持され続けることを示す成果です。
次世代のサル痘ワクチン開発へ
今回の発見は、既存の天然痘ワクチンが持つ交差防御ポテンシャルを裏付けるとともに、M15・M17のような特定のT細胞エピトープを標的とした、より的を絞った次世代サル痘ワクチンの設計につながる可能性があります。研究チームは、抗体だけでなくT細胞免疫の持続性に着目することが、高齢者を含む幅広い年齢層でのサル痘対策を考えるうえで重要だとしています。今後は、より大規模な臨床コホートでの検証や、これらのエピトープを活用したワクチン候補の開発が期待されます。
本研究は、暨南大学医学部微生物学・免疫学科および老年免疫学研究所、Jinan University第一附属病院、清華大学付属北京垂杨柳医院の研究者らによって行われ、Chanchan Xiao博士とJun Su博士が責任著者を務めています。
