想像してみてください。私たちの鼻の奥には、あらゆる匂いを正確に脳へ伝えるための、緻密で美しい「地図」が広がっているのです。何千もの匂いを嗅ぎ分ける能力の裏側には、一体どのような生命の神秘が隠されているのでしょうか?

嗅覚の空間マップを解き明かす新発見

サンディープ・ロバート・ダッタ(Sandeep Robert Datta)博士やデビッド・H・ブラン(David H. Brann)博士らの研究チームは、画期的な研究論文『空間コードが嗅覚受容体の選択を支配し、鼻と脳の感覚マップを統合する(A spatial code governs olfactory receptor choice and aligns sensory maps in the nose and brain)』を発表しました。

この研究は、私たちが匂いを感じる仕組みについて、これまでの常識を覆す以下の重要な発見を報告しています。

  • 約1,100種類の嗅覚受容体(OR: olfactory receptor)は、上皮内でそれぞれ規則的で決まった空間的分布パターンを持っています。
  • 上皮における物理的な空間位置が、約250種類の遺伝子の段階的な発現を見事に統制しています。
  • 前駆細胞が持つ空間的なアイデンティティが、どの嗅覚受容体を選択するかを方向付けています。
  • 鼻の中にある受容体の位置は、脳内の標的となる軸索の投射先と正確に連動しています。

 

「大まかなゾーン」から「緻密なマップ」へ

これまでの定説では、細胞がどの嗅覚受容体を発現するかは、解剖学的な少数の幅広い「ゾーン」によって大まかに制限されているだけで、ゾーン内での選択はランダムだと考えられていました。

しかしダッタ博士らの研究により、それぞれの受容体は独自の平均的な背腹(DV: dorsoventral)位置で発現しており、主嗅上皮(MOE: main olfactory epithelium)内に定型化された詳細な受容体マップを作り出していることが明らかになりました。

 

遺伝子が描く、鼻と脳を繋ぐグラデーション

この嗅覚感覚神経細胞(OSN: olfactory sensory neuron)の背腹アイデンティティは、重要な転写因子や軸索誘導分子を含む、一貫した遺伝子発現プログラム(GEP: gene expression program)によってコードされています。

このプログラムが活用される背景には、レチノイン酸(RA: retinoic acid)シグナルの背腹勾配(グラデーション)が存在しています。このシグナルが、細胞の物理的な位置情報を読み取り、空間的に最適な嗅覚受容体の選択へと変換することで、鼻と嗅球(OB: olfactory bulb)という脳の領域間で受容体のマップを正確に一致させているのです。

嗅覚系における空間的な秩序は、匂いを感じるための数多くの独立したチャンネルを精密に組織化する、連続的に変化する「転写コード」によって生み出されています。私たちの体には、ミクロのレベルで驚くほど精巧なナビゲーションシステムが備わっているのですね!

https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(26)00387-9

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