私たちの海には、目に見えないほど小さな「生命のエンジン」が数え切れないほど漂っていることをご存じでしょうか。プランクトンと呼ばれるこれらの微生物は、地球上の酸素の多くを供給し、海洋生態系の土台を支える極めて重要な存在です。しかし、そのあまりの小ささと多様さゆえに、彼らが細胞の中にどのような「設計図」を持っているのか、その詳細は長い間ベールに包まれてきました。

今回、最新の顕微鏡技術によって、200種を超えるプランクトンの細胞構造をかつてない鮮明さで描き出した画期的な研究成果が発表されました。目に見えないミクロの世界で、一体どのような進化のドラマが繰り広げられていたのでしょうか。

 

プランクトンの「設計図」を解明する革新的な技術

プランクトンは地球生命の目に見えないエンジンであり、惑星の酸素の大部分を生成し、海洋食物連鎖の基礎を形成しています。これまでに数万種が報告されていますが、未発見の種も多く、その多様性は驚異的です。なかでも単細胞生物である「原生生物」は進化的に極めて重要ですが、信頼できるイメージング手法が不足していたため、数十年間、科学者たちはゲノムデータを通じてしか彼らを研究することができませんでした。

転機が訪れたのは、新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミック中でした。欧州分子生物学研究所(EMBL)のグループリーダーであるガウタム・デイ博士(Gautam Dey, PhD)は、当時スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)でグループを率いていた共同研究者のオマヤ・ドゥディン博士(Omaya Dudin, PhD)からZoomでの連絡を受けました。ドゥディン博士は、動物や菌類に近縁な海洋原生生物である「イクチオスポレア」の内部構造を可視化するため、新しい技術を適応させたばかりでした。これにより、長年の障壁であった不浸透性の細胞壁を克服することに成功したのです。

この新技術は拡大顕微鏡法(expansion microscopy)と呼ばれます。まずアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者によって開発され、その後、ジュネーブ大学のポール・ギシャール博士(Paul Guichard, PhD)とヴィルジニー・アメル(Virginie Hamel, PhD)によって、細胞内の超微細構造を探索するための超微細構造拡大顕微鏡法(U-ExM: ultrastructure expansion microscopy)へと最適化されました。この手法によって細胞壁を透過性にすることができ、原生生物の内部構造を鮮明に観察・研究することが可能になったのです。

より多くの海洋生物をこの方法で研究しようと決意したドゥディン博士、デイ博士、ギシャール博士、アメル博士の4人は共同研究を開始しました。それから3年、彼らは数百種の原生生物に関する百科事典的な知識を生み出し、「惑星規模のプランクトン・アトラス(地図)」の作成に向けた道を切り開きました。

 

海洋微生物の内部構造に迫る「TREC」遠征

EMBLが主導するTraversing European Coastlines(TREC)遠征は、研究者たちがさまざまな海洋微生物の内部構造を深く掘り下げる絶好の機会となりました。2025年10月31日付の学術誌『Cell』に掲載された共同研究成果は、200種以上のプランクトン、特に核膜を持つ「真核生物」の細胞構築に関するかつてない詳細な洞察をもたらしました。これは、拡大顕微鏡法を用いてプランクトンの超微細構造の多様性を明らかにすることを目指す、TRECのプラグインプロジェクト「PlanExM」の第一歩となりました。

このオープンアクセス論文のタイトルは「Charting the Landscape of Cytoskeletal Diversity in Microbial Eukaryotes(微生物真核生物における細胞骨格多様性の景観を描く)」です。

 

超微細構造拡大顕微鏡法が明かす細胞の秘密

TREC遠征の最初の主要なサンプリング拠点の一つであるフランスのロスコフでは、ロスコフ生物学研究所がヨーロッパで最も充実した海洋微生物の培養コレクションを保有しています。チームは施設管理者のイアン・プロバート博士(Ian Probert, PhD)に、拡大顕微鏡法のパイロット試験用にどれくらいのサンプルを提供してもらえるか尋ねました。20種程度を予想していましたが、実際には200種以上を擁する全施設の扉が開かれたのです。

「私たちは3日3晩かけて、それらのサンプルを固定する作業に没頭しました。これは手放すことのできない宝の山だったのです」と、共同筆頭著者のフェリックス・ミクス(Felix Mikus)博士(デイ博士の研究室で博士号を取得し、現在はジュネーブ大学のドゥディン博士の研究室のポスドク)は振り返ります。

 

拡大顕微鏡法は今年で誕生から10年を迎える比較的新しい技術で、生物学的サンプルを物理的に「膨らませる」ことで機能します。単細胞生物や組織を含むサンプルをまず透明なゲルの中に埋め込み、そのゲルに水を吸収させて膨張させます。驚くべきことに、この過程で細胞の内部構造の多くは損なわれず、ほぼ比例して拡大します。これにより、科学者は高価な特殊レンズを使わずに、サンプルを4倍から16倍に「拡大」して見ることができるのです。

 

「通常の光学顕微鏡と組み合わせることで、拡大顕微鏡法は光学顕微鏡で解像できる構造の限界(波長の壁)を回避することを可能にします」と、ギシャール博士とアメル博士は説明します。

ロスコフのサンプルに加え、スペインのビルバオにある第2の培養コレクションを用いて、研究チームは細胞骨格(cytoskeleton)の多様性に関するこれまでで最も広範な調査の一つを行いました。細胞骨格は真核細胞の基礎構造を形成するフィラメントネットワークです。特に研究者たちは、細胞の構造維持や分裂、移動を助ける中空の管状フィラメントである微小管(microtubules)と、細胞内の微小管を組織化する構造体に含まれるタンパク質ファミリーであるセントリン(centrins)に注目しました。

「私たちは、多くの異なる真核生物グループにわたって、微小管とセントリンの組織化の特徴をマッピングすることができました」と、EMBLのデイ博士およびシュワブ博士の研究室のEIPODポスドクフェローであり、共同筆頭著者のヒラル・シャー博士(Hiral Shah, PhD)は述べています。「各グループの多くの種を特徴づけたこの研究の規模は、進化の予測を立てる可能性を広げます。例えば、世界中の海洋で最も多様なグループの一つである渦鞭毛藻(うずべんもうそう)についても、細胞皮質や鞭毛に関連するチューブリンやセントリンの構造をマッピングすることができました」

 

未来の海洋生物学への架け橋

「U-ExMは、原生生物の超微細構造の探索方法を一変させています」と、共同筆頭著者のアルマンド・ルビオ・ラモス博士(Armando Rubio Ramos, PhD)(ジュネーブ大学のアメル&ギシャール研究グループのポスドクフェロー)は語ります。「この技術をハイスループットなイメージングや比較分析と組み合わせることで、進化の過程で細胞のアーキテクチャがいかに多様化したかを解読し始めることができます。これは分子データと、ミクロスケールでの生命の物理的な組織化を繋ぐ架け橋なのです」

研究者らによると、この分析は真核細胞の組織化の基本原理を理解するのに役立つだけでなく、これらの種における細胞骨格の進化の歴史を知る手がかりにもなります。さらに、海洋生態系から直接採取された複雑なサンプルを研究するための強力なツールとしての拡大顕微鏡法の可能性も示されました。

「拡大顕微鏡法による私たちの冒険はまだ始まったばかりです」とデイ博士は言います。「これは、大規模な生物多様性ゲノミクスプロジェクトの規模と野心に見合う可能性を秘めた、おそらく最初の高解像度顕微鏡技術です。近い将来、生命の樹全体にわたって、新しいマルチオミクスデータと大規模な細胞生理学を関連付けることが可能になるでしょう」

オックスフォード大学のトーマス・リチャーズ博士(Thomas Richards, PhD)も加わり、デイ博士とドゥディン博士はこのプロジェクトを継続するために、ムーア財団から200万スイスフラン(約3億4千万円)の権威ある助成金を獲得することにも成功しました。

「次のステップは、この広大なコレクションの中から特定の種をより深く選択的に調べ、有糸分裂や多細胞性がどのように進化したのか、あるいは主要な進化の転換点の基礎となる表現型の多様性を理解するといった特定の疑問に答えることです」とドゥディン博士は締めくくりました。

画像:東京の環境試料から採取した繊毛を持つ真核微生物、ラクリマリアの拡張顕微鏡画像。緑色で強調表示されているのは、細胞骨格フィラメントである微小管の主要なタンパク質成分であるチューブリンである(スケールバーは5マイクロメートルを示す)。(Credt:Felix Mikus/EMBL)

 [News release] [Cell article]

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