私たちの体の中で、24時間365日、文句ひとつ言わずに働き続けてくれる「影のヒーロー」をご存じでしょうか?それは、血液をろ過して老廃物を取り除き、血圧をコントロールしてくれる「腎臓」です。しかし、この働き者の臓器は、私たちが気づかないうちに悲鳴を上げているかもしれません。実は、慢性腎臓病は米国の大人の14%が患っており、がんと比べてもはるかに身近な病気です。さらに、集中治療室(ICU: intensive care unit)に入院した患者さんの3割から6割が、治療のための薬などが原因で急性腎障害を引き起こすという驚きの事実もあります。「それは誰にでも起こりうることで、私たちは皆、そのリスクを抱えているのです」と語るのは、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UC San Diego)のリンダ・アウディシュ博士(Linda Awdishu, PhD)です。
今回は、人工知能(AI: artificial intelligence)や最新の解析技術を駆使して、一人ひとりに最適な「精密な腎臓ケア」を実現しようとする、リンダ・アウディシュ博士たちの挑戦をご紹介します。
腎臓を守るための「精密医療」への挑戦
集中治療室(ICU)において、患者さんの命を救うことは最優先事項です。しかし、時にはその治療そのものが腎臓に負担をかけてしまうことがあります。
「臨床医としてリスクを計算しますが、腎臓に毒性のある薬剤を使用せざるを得ない場面があります」とリンダ・アウディシュ博士(Linda Awdishu, PhD)は説明します。例えば、敗血症で入院した患者さんは、死亡率を下げるために最初の48時間以内にバンコマイシンなどの抗生物質を必要としますが、これらの薬が腎臓を傷つけてしまう可能性があるのです。
こうした副作用を目の当たりにしてきたリンダ・アウディシュ博士は、薬物による腎障害を最小限に抑え、患者さんの予後を改善するための研究に力を注ぐようになりました。この研究には、彼女自身の個人的な経験も深く関わっています。2026年の初め、彼女は手術の合併症とその治療薬による不可逆的な腎障害で父親を亡くしました。薬剤師として「誰が投薬量を管理しているのか?」「どうすればリスクを軽減できたのか?」という切実な問いに向き合ったことが、現在の研究の原動力となっています。
急性腎障害の謎を解き明かす
薬物誘発性の急性腎障害(AKI: acute kidney injury)を他の原因と区別することは、非常に困難な課題です。多くの患者さんは複数の健康問題を抱え、多様な薬を服用しているため、専門家であっても診断の合意形成が難しいのが現状です。
リンダ・アウディシュ博士は、長年、UC San Diego医学部の名誉教授であるラビンドラ・メータ博士(Ravindra Mehta, PhD)と共に、より優れた診断ツールの開発に取り組んできました。国際的な薬物誘発性腎障害コンソーシアムの一環として、彼らは何百もの急性腎障害(AKI)症例を分析し、リスク要因を特定しました。
その結果、症例の約50%にバンコマイシンの使用が関わっており、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs: nonsteroidal anti-inflammatory drugs)を服用している患者さんでも薬物誘発性の腎障害が多く見られることが明らかになりました。チームはこれらの要因を考慮した統計モデルを開発し、どの患者さんが腎障害を起こしやすいかを高い精度で分類することに成功しました。これにより、電子健康記録(EHR: electronic health record)を活用して、リスクのある患者さんを早期に発見し、介入することが可能になります。
さらに、チームは患者さんの遺伝子が薬への反応にどう影響するかも調査しています。ラビンドラ・メータ博士は、「遺伝的バリエーションによって、同じ投与量でも安全な人と有害な人がいます。遺伝子解析によって、一人ひとりに適した薬の選択や投与設計が可能になります」と述べています。
細胞の「運び屋」とAIが拓く未来
なぜ特定の薬が腎臓に毒性を持つのか。そのメカニズムを探るため、リンダ・アウディシュ博士たちは、細胞間のコミュニケーションを助ける小さな運び屋「尿中エクソソーム」に注目しました。解析の結果、バンコマイシンが腎臓内の炎症経路を活性化させ、毒性に寄与していることが突き止められました。
また、複雑な変数を解き明かすために、人工知能(AI)の活用も進んでいます。リンダ・アウディシュ博士は、コンピュータ科学者のシャミム・ネマティ博士(Shamim Nemati, PhD)らと協力し、強力な免疫抑制剤である「タクロリムス」の反応を予測するディープラーニングモデルを開発しました。
タクロリムスは移植後の拒絶反応を防ぐ重要な薬ですが、有効な量と毒性が出る量の差が非常に小さく、適切な投与量の決定が極めて難しい薬です。開発された人工知能(AI)モデルは、翌日の血中濃度を73%の精度で予測することに成功しました。現在は、このモデルが臨床医の判断をどこまでサポートできるかの検証が進められています。
シャミム・ネマティ博士は、「リンダ・アウディシュ博士は、計算手法を深く理解し、臨床的な視点からAIシステムを洗練させてくれる稀有な協力者です」と評価しています。
腎臓ケアの未来のために
慢性腎臓病は、高齢者や社会的に不利な立場にある人々を直近で脅かす世界的な公衆衛生上の課題です。米国で3,700万人、世界で8億5,000万人以上の患者がいるにもかかわらず、その研究資金は十分とは言えません。
リンダ・アウディシュ博士は、アメリカ国立衛生研究所(NIH: National Institutes of Health)などの公的資金による支援の重要性を強調しています。「資金がなければ、研究を続けることは非常に困難になります」。彼女の挑戦は、単なる科学的な探求にとどまらず、薬剤師と医師が連携し、テクノロジーを味方につけて、すべての患者さんに安全で精密な医療を届けるための未来への一歩なのです。
この記事は、CSHLのコミュニケーション・スペシャリストであるニック・ワーム氏(Nick Wurm)によるリリースに基づいています。
写真;リンダ・アウディシュ博士と、腎臓病で亡くなった亡き父サイモン・アウディシュ。 (Courtesy of Linda Awdishu)

