多発性硬化症の「隠れた兆候」を数年前に発見。血液検査が変える早期診断の未来
「多発性硬化症(MS: Multiple Sclerosis)」の患者さんが病院を訪れ、ケアを求め始める頃には、実はすでに何年もの間、病気によって脳へのダメージが進行しています。これまで科学者たちは、具体的にどの脳細胞が標的になっているのか、そしていつからその損傷が始まっているのかを正確に把握できていませんでした。しかし、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の研究チームが、血液中に含まれる数千種類ものタンパク質を解析することで、神経線維を覆う「髄鞘(ずいしょう/ミエリン)」への攻撃がいつ始まるのか、その詳細な全体像を明らかにしました。
研究の結果、免疫系による脳への攻撃は、これまで考えられていたよりもずっと早い段階で始まっていることが判明しました。この研究では、攻撃によって生じた「残骸」と、免疫系に攻撃を指令するシグナルを血液中から測定し、発症に至るまでのプロセスを初めて明確にしました。この発見は、多発性硬化症の新たな診断法、そして将来的には予防法の開発につながる可能性を秘めています。
MSは最初に、神経を保護している脂質の膜である髄鞘を攻撃し、その1年後には神経線維そのものの破壊が確認されるようになります。
病気の初期段階で上昇する多くの免疫シグナル伝達タンパク質の中で、特に際立っていたのが「インターロイキン-3(IL-3: Interleukin-3)」というタンパク質です。患者さんがまだ自覚症状を感じていないにもかかわらず、中枢神経系が深刻なダメージを受けているこの初期段階において、IL-3は重要な役割を果たしています。IL-3は免疫細胞を脳や脊髄に呼び寄せ、そこで神経細胞への攻撃を促すことが知られています。
「私たちの研究は、MSの診断、モニタリング、そして治療の可能性において数多くの機会を開くものです」と、論文の筆頭著者であり共同責任著者、UCSF神経学部門のアフメド・アブデルハク医師(Dr.Ahmed Abdelhak)は述べています。「これは、この病気の理解と管理の方法を一変させる可能性があります」。
本研究論文は、2025年10月20日に『Nature Medicine』誌に掲載されました。タイトルは「Myelin Injury Precedes Axonal Injury and Symptomatic Onset in Multiple Sclerosis(多発性硬化症における軸索損傷と症候性発症に先行するミエリン損傷)」です。
研究チームは、MS患者134名の診断前後の血液サンプルに含まれる5,000種類以上のタンパク質を解析しました。これらのサンプルは、米国国防総省血清リポジトリ(DoD Serum Repository)から提供されたものです。このリポジトリには、軍への入隊申請時に採取されたサンプルが保管されており、数十年後に研究に使用することができます。中には、その後MSを発症した人々のサンプルも含まれています。
診断の7年前、研究者たちは「ミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパク質(MOG: myelin oligodendrocyte glycoprotein)」と呼ばれるタンパク質の急増を確認しました。これは、神経系の「電線」を覆う絶縁体(髄鞘)へのダメージを示唆しています。そしてMOGの急増から1年後、今度は「ニューロフィラメント軽鎖(neurofilament light chain)」と呼ばれる別のタンパク質の急増が見られました。これは、神経の「電線」そのものが損傷していることを示しています。
この期間中、IL-3や、免疫反応を調整する関連タンパク質も血液中に現れていました。
チームは将来の発症を予兆する約50種類のタンパク質を特定し、そのうち上位21種類を用いた診断用血液検査について特許出願を行いました。
UCSF神経学部門の神経免疫学・グリア生物学部門長であり、論文の責任著者であるアリ・グリーン医師(Dr.Ari Green)は、この研究が予防への希望をもたらし、MSの症状発現に至るメカニズムの理解を深めるものだと述べています。
「MSが臨床的な発症よりもずっと前から始まっていることが分かりました。これにより、いつかMSを予防できる可能性、あるいは少なくとも、さらなる損傷から人々を守るためにこの知識を活用できる現実的な可能性が生まれました」とグリーン医師は語ります。

