細胞の中では日々、膨大な数のタンパク質がつくられています。しかし、「mRNAがつくられていること」と「そのmRNAが実際にタンパク質へと翻訳されていること」は、実はイコールではありません。従来の手法では、この“翻訳の現場”を正確に、しかも少ない細胞数から捉えることが難しく、大きな壁となっていました。
そんな課題に、中国・深圳の南方科技大学(Southern University of Science and Technology, SUSTech)とドイツ・マックス デルブリュック分子医学センター(Max Delbrück Center for Molecular Medicine, MDC)に籍を置くウェイ・チェン博士(Wei Chen)らの研究チームが、意外な切り口で挑みました。翻訳の「終わり」を告げるタンパク質因子を目印にするという、逆転の発想です。
研究チームは今回、「RAFTER: a releasing factor tethered RNA editing system for quantifying mRNA translation(翻訳終結因子を利用したRNA編集システムによるmRNA翻訳定量法)」と題した論文を、オープンアクセス誌Life Science Allianceに発表しました。
翻訳効率を測ることの難しさ
タンパク質合成(翻訳)の異常は、がんや神経変性疾患、発生異常など、さまざまな疾患に関わることが知られています。そのため、mRNAがどれだけ効率よく翻訳されているかを正確に把握することは、生命科学研究における重要な課題です。
これまで、翻訳効率を測る代表的な手法として、リボソームが結合したmRNAを分離するポリソームプロファイリング法(Polysome-seq: Polysome sequencing)や、リボソームに保護されたmRNA断片を解読するリボソームプロファイリング法(Ribo-seq: Ribosome sequencing)が用いられてきました。しかし、リボソームがmRNAに結合していることは、必ずしも翻訳が効率よく進んでいることを意味しません。さらに、これらの手法は多くの細胞・多くのRNA量を必要とするため、希少なサンプルや少数の細胞への適用が難しいという限界もありました。
翻訳の“終着点”を狙った新発想
研究チームが着目したのは、翻訳の終結段階で働く翻訳終結因子eRF3a(eRF3a: eukaryotic Release Factor 3a)です。リボソームが停止コドンに到達すると、まず翻訳終結因子eRF1が停止コドンを認識し、続いてeRF3aがGTPを分解することでペプチド鎖の解離を促します。つまりeRF3aは、“確かに翻訳が終わった”ことを示す指標になり得るのです。
筆頭著者のジーユエン・スン氏(Zhiyuan Sun)らは、このeRF3aとRNA編集酵素ADAR2の触媒ドメイン(ADAR2dd: ADAR2 deaminase domain)を融合したタンパク質を作製し、ドキシサイクリン誘導によって細胞内で発現させました。この手法は「翻訳終結因子連結型RNA編集法(RAFTER: ReleAsing Factor Tethered Editing of RNA)」と名付けられています。翻訳が完了したmRNAの近傍にだけeRF3a-ADAR2dd融合タンパク質が結合し、その場でRNA編集(アデノシンからイノシンへの変換)が起こる仕組みです。編集が入った部分を読み取ることで、“実際に翻訳されたmRNA”を選択的に検出できるようになります。
ヒト培養細胞での検証:ピンポイントで翻訳を捉える
研究チームはまず、ヒト胎児腎由来培養細胞(HEK293T: Human Embryonic Kidney 293T)を用いてRAFTERの性能を検証しました。ドキシサイクリンによる誘導後、蛍光標識細胞選別(FACS: Fluorescence-Activated Cell Sorting)で発現量のそろった細胞を回収し、RNA編集の起こった部位を解析したところ、1,799個のタンパク質コード遺伝子で有意な編集が検出されました。一方、非コードRNAで編集が検出されたのはわずか5個にとどまり、そのうち4個は既に翻訳されていることが報告済みの遺伝子でした。この結果は、RAFTERが翻訳されているRNAを高い特異性で検出できることを示しています。
さらに、編集が起きた位置を詳しく調べると、停止コドンの周辺に編集の“ピーク”がはっきりと現れました。興味深いことに、開始コドンの周辺にも編集が見られ、mRNAの開始点と終止点が翻訳中に近接している可能性を示唆しています。
研究チームは、RAFTERによって算出した翻訳効率の指標(EPKM: Edits Per Kilobase per Million total edits、総編集数百万件あたりのキロベース編集数)と、Ribo-seqやPolysome-seqによる測定値を比較しました。その結果、両者の相関係数はおよそ0.6に達し、これはRibo-seqとPolysome-seq同士の相関に匹敵する水準でした。また、5′キャップと3′ポリ(A)テールの両方を備えたレポーターmRNAでのみ効率的な編集が起こることも確認され、RAFTERが本物の翻訳イベントを正確に反映していることが裏付けられました。
マウス卵子でも実証:単一細胞での翻訳解析へ
これまで、単一細胞レベルでの翻訳解析には高度な機器と煩雑な操作が必要でした。RAFTERはRNA編集という比較的シンプルな仕組みを利用するため、単一細胞への応用に適しています。研究チームは、マウス卵子が生殖胞期(GV: Germinal Vesicle)から減数分裂中期II(MII: Metaphase II)へと成熟する過程にRAFTERを適用しました。
eRF3a-ADAR2dd mRNAを卵子に顕微注入し、それぞれの発生段階でRNA編集のパターンを解析したところ、既存の単一卵子翻訳解析法(Ribo-liteやT&T-seqなど)による結果と高い相関を示しました。代表的な遺伝子であるHmgb2やMrpl10については、GV期からMII期にかけての翻訳活性の変化を3つの解析手法すべてが一致して捉えており、免疫染色によるタンパク質量の変化とも符合しました。
まとめ:シンプルさと精度を両立した新たな翻訳解析ツール
RAFTERは、翻訳終結因子という“翻訳が完了した証”を目印にすることで、複雑な機器を使わずに翻訳効率を正確に測定できる新手法です。研究チームは、この手法がタンパク質コード遺伝子だけでなく、小さなペプチドをコードする非コードRNAの検出にも応用できることを示し、さらに単一細胞レベルでの翻訳解析ツールとしての可能性も実証しました。がんや神経変性疾患をはじめとする翻訳異常が関わる疾患の研究において、RAFTERは今後、有力な解析手法の一つになるかもしれません。
出典:Sun Z, Dong P, Yan H, et al. RAFTER: a releasing factor tethered RNA editing system for quantifying mRNA translation. Life Science Alliance 2026; 9(10): e202603651. DOI: 10.26508/lsa.202603651
