グレートバリアリーフと聞いて、色鮮やかなサンゴや熱帯魚を思い浮かべる方は多いでしょう。しかし、この豊かな生態系を根本から支え、海全体の健康状態を左右しているのは、目に見えない無数の「微生物」たちです。彼らがどのような環境でどう機能しているのかを知ることは、気候変動などの危機からサンゴ礁を守るためにも極めて重要です。今回、Nature誌に掲載された研究論文「「グレートバリアリーフのプランクトン・マイクロバイオーム (The planktonic microbiome of the Great Barrier Reef)」」では、最新のゲノム解析技術を用いて、この目に見えない海の世界をかつてない精度で解き明かしました。さらに、漁業規制が生態系に与える影響までもが微生物のデータから読み解けることが証明されました。
これまで、海洋微生物の理解は大規模なゲノムデータベースによって飛躍的に進んできましたが、実は『Pelagibacter』や『Prochlorococcus』といった海で最も優占する微生物の多くが、データからすっぽり抜け落ちていました。スティーブン・ロビンス (Steven Robbins) 博士やフィリップ・フーゲンホルツ (Philip Hugenholtz) 博士らの研究チームは、この問題の原因が、従来の短いDNA断片を読み取るシーケンス技術の限界(多様な株の混在や低いGC含有量への偏り)にあることを突き止めました。
そこでロビンス博士らは、ナノポア(ロングリード)とイルミナ(ショートリード)の両方のシーケンス技術を組み合わせる手法を採用しました。グレートバリアリーフの48か所の地点から海水サンプルを採取し、「グレートバリアリーフ微生物ゲノムデータベース (GBR-MGD: Great Barrier Reef Microbial Genomes Database)」を構築しました。このGBR-MGDには、これまで回収が困難だったグループの高品質なゲノムを含む、5,283個の原核生物ゲノムが収録されています。さらに、海洋性の『Crassvirales』というウイルスの新たな系統を含む808,585個のウイルスゲノムや、染色体レベルで解読された20個の微細藻類(ピコ真核生物)の真核生物メタゲノムアセンブリゲノム (eMAGs: eukaryotic metagenome-assembled genomes) も含まれています。
さらに驚くべきことに、このデータベースの原核生物メタゲノムアセンブリゲノム (pMAGs: prokaryote metagenome-assembled genomes) と機械学習の技術を組み合わせることで、管理当局による「禁漁海洋保護区 (NTMR: No-Take Marine Reserve)」と「漁獲可能なサンゴ礁」の管理方針の違いを、微生物の群集構造から正確に予測できることが実証されました。
- 禁漁海洋保護区 (NTMR) の海水では、アンモニアや硝酸塩などの溶解窒素の濃度が低い傾向にありました。
- そのため、NTMRでは栄養が少なくても生きられるようゲノムがスリム化された「貧栄養性」の微生物(『Pelagibacterales』など)が多く見られました。
- 一方で、漁獲可能なサンゴ礁では、高いGC含有量を持つ「富栄養性」の微生物が豊富に存在していました。
- これは、漁業によって魚が減ることで大型藻類が増加し、そこから栄養塩が放出されるためと考えられています。
今回の研究は、漁業管理が海水中の微生物群集に及ぼす大規模な生態系レベルの影響を証明した初めての例となります。構築されたGBR-MGDは、海洋生態系を深く理解し、今後のサンゴ礁の保全や管理戦略を最適化する上で、非常に強力なツールとなるでしょう。
