ゼブラフィッシュが示す脊髄損傷治療の新たな手がかり—神経細胞の変化を解明。

ワシントン大学医学部(セントルイス)の新しい研究によって、ゼブラフィッシュがどのようにして切断された脊髄を完全に再生できるかを解明した詳細な地図が作成されました。この研究は、ゼブラフィッシュにおける脊髄再生に関与するすべての細胞と、それらがどのように協力して再生を行うかを明らかにしています。この発見により、脊髄損傷に対する治療法の新しい可能性が示されています。研究結果は、2024年8月15日に学術誌Nature Communicationsに掲載されました。

論文タイトルは「Single-Cell Analysis of Innate Spinal Cord Regeneration Identifies Intersecting Modes of Neuronal Repair(自然発生的な脊髄再生の単一細胞解析が交差する神経修復モードを明らかにする)」です。

 

ゼブラフィッシュの神経細胞は生き延びて新たな役割を担う

ゼブラフィッシュは、脊髄を完全に再生できる数少ない脊椎動物の一種です。これに対し、ヒトを含む哺乳類では、損傷を受けた神経細胞は必ず死滅してしまいます。ゼブラフィッシュでは、損傷を受けた神経細胞が死なずに生き延びることで再生が可能となります。本研究では、切断された神経細胞の生存と適応が脊髄の完全な再生に不可欠であることが示されました。従来、再生において中心的な役割を果たすと考えられていた新しい神経細胞を生み出す幹細胞は、実際には補助的な役割を担うに過ぎないことが分かりました。

 

再生の鍵を握るのは「損傷後の神経細胞の柔軟性」

「私たちが見つけた驚くべき点は、損傷後すぐに神経細胞が強力な保護機構を発動し、これが神経細胞の生存を促進していることです。その後、これらの神経細胞は自発的な可塑性(柔軟性)を示し、機能を変化させることで、脊髄全体の再生を成し遂げるまでの時間を稼ぎます」と、発生生物学の准教授であり、本研究の責任著者であるメイッサ・モカレッド博士(Mayssa Mokalled, PhD)は述べています。

モカレッド博士とその研究チームは、再生に関与するさまざまな細胞タイプの役割を詳細にマッピングすることで、損傷後すぐに生き残った神経細胞の柔軟性と即座の再プログラミング能力が、脊髄再生に必要な連鎖反応を引き起こすことを突き止めました。この再生の過程で、損傷後に生き延びた神経細胞が無効化されると、幹細胞が存在していてもゼブラフィッシュは正常な泳ぎの能力を取り戻せないことが判明しました。

 

ヒト脊髄損傷治療への応用可能性

人間やその他の哺乳類では、脊髄が押し潰されたり切断されたりすると、損傷を受けた神経細胞が連鎖的に毒性反応を引き起こし、神経細胞が死滅するだけでなく、修復メカニズムに対しても敵対的な環境が形成されます。この毒性反応は、幹細胞を用いた脊髄損傷治療がうまくいかない原因の一つと考えられています。新しい研究結果は、幹細胞を用いた再生よりも、まず損傷を受けた神経細胞の生存を確保することが治療の第一歩であることを示唆しています。

「神経細胞は、他の細胞との接続がないと生き延びることができません。ゼブラフィッシュでは、損傷を受けた神経細胞が即座に新しい局所接続を確立することにより、損傷のストレスを克服できると考えられます」とモカレッド博士は説明しています。このような一時的なメカニズムにより、神経細胞は死から守られ、脊髄全体の回路が再構築されるまでの間、神経細胞の生存が維持されるのです。

哺乳類の神経細胞にもこの能力が「眠った状態」で存在する可能性が示唆されており、これを活性化することが新たな治療法の道を開くかもしれません。

 

将来的な研究と展望 

「ゼブラフィッシュでこの保護プロセスを制御する遺伝子を特定することにより、ヒトゲノムにも存在する同様の遺伝子を用いて、脊髄損傷後の神経細胞を死から守る方法を見つけることができると期待しています」とモカレッド博士は述べています。

モカレッド博士のチームは現在、ゼブラフィッシュの脊髄再生における神経細胞以外の役割についても研究を進めています。特に、グリア細胞や免疫細胞、血管系細胞といった非神経系細胞が脊髄再生にどのように貢献しているかを明らかにする予定です。また、マウスやヒトの神経組織とゼブラフィッシュの再生メカニズムの比較研究も進行中です。

[News release] [Nature Communications article]

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