こんにちは! 質量分析屋の髙橋です。最近3回に亘ってイオン化について書いています。EI, CI, FDに続いて今回はFAB。質量分析はイオンを分析する方法なので、何か測定したい試料(その中の特定の成分)がある時、先ずはそれをイオン化しなければマススペクトルを得ることが出来ないので、質量分析の基本は、先ずはイオン化な訳です。
前回のFDと今回のFAB、今質量分析計を使っている人の中で、この2つのイオン化を知っている人あるいは実際に使っている人(使える環境にある人)はかなり少ないと思いますが、知識として知っていても損はないでしょう。私自身、前職である日本電子ではFABは頻繁に使っていましたが、最近では殆ど使うことがなくなりました。 FABはfast atom bombardmentの略、日本語では高速原子衝撃法です。
FABイオン化は、現在汎用的に使われているイオン化法の中では、MALDI(matrix assisted laser desorption ionization、マトリックス支援レーザー脱離イオン化)に似ています。イオン化促進剤としてマトリックスウを使うこと、真空中のイオン化であること、金属製のターゲットに試料とマトリックスを混合して塗布すること、の3点は共通しています。マトリックスに使用する化合物は異なりますが。 FABイオン源の概略図とFABターゲットの写真を以下に示します。
溶液状の試料とマトリックス(グリセリン、m-ニトロベンジルアルコール(NBA)など)をターゲット上で混合して真空下のイオン源に導入、高速のキセノン原子を衝突させて、スパッタリングによってイオンを生成させます。試料の分子は、正イオン検出では[M+H]+、負イオン検出では[M-H]-として主に観測され、[M+H]+や[M-H]-にマトリックス分子が付加したイオンも頻繁に観測されます。また、マトリックス分子自体もイオン化し、クラスターイオンも観測されます。例えば、グリセリン(C3H8O3、ノミナル質量92)をマトリックスとして正イオン検出条件で測定を行うと、m/z 93([M+H]+), 185([2M+H]+), 277([3M+H]+), 369([4M+H]+), 461([4M+H]+)などのグリセリン由来のイオンが高強度で観測され、このm/z 領域に試料由来のイオンが生成すると解析が困難になる場合があります。
FABの2大マトリックスと言えばグリセリンとNBAですが、使い分けは試料分子の極性です。高極性化合物にはグリセリン、低極性化合物にはNBA、という使い分けが一般的です。しかし、初めて測定する化合物にはどちらかをファーストチョイスにすることが多く、以前頻繁に使っていた時は、グリセリン派とNBA派に分かれていたような気がします。
私はグリセリン派だったのですが、8月末に質量分析の講義で出向いた研修会でFAB経験者と話した時は、NBA派の方もいらっしゃいました。NBAは、測定後に黒いタール状になって残ってしまうので、それが使いにくいと感じていました。グリセリンとNBAの混合マトリックスもよく使っていました。
基本的には試料溶液とマトリックスをターゲット上で混合するだけなのですが、目的のイオンが観測されない時にはグリセリンやNBA以外のマトリックスを何種類も試したり、NaIやKIなどを添加してアルカリ金属の付加イオン生成を試みたり、当然一つのマトリックスに対して正負のイオン極性は切り替えて測定したり、色々工夫しながら測定するのが楽しい方法でした。前回のFDと同様、質量分析が職人芸と言われていたのは、FAB全盛期だと思います。
FABは、現在稼働している装置としては、日本電子製の二重収束質量分析計でのみ使用可能だと思います。解析し易いマススペクトルが得られる、とても優れたイオン化法であり、構造的にはTOF-MSにも接続可能なので、最近のTOFやQ-TOFでFABを使って見たい(Q-TOF用のFABを作って見たい)なぁと、質量分析屋としては思っています。
直接試料導入のイオン化法としては、MALDIに取って代わった感のあるFABですが、Frit-FABという技術を使うとLC-MSにも展開できます。Frit-FABこそ知っている人は殆どいないと思いますが、個人的には非常に優れた技術だと思っています。Frit-FABについてはこのブログで少し解説を書いていて、次回も継続して解説する予定です。
