アリジゴクの幼虫が持つ強力な毒の仕組みを解明。
神経翅目(ネットウィング昆虫)の幼虫は、毒を用いて他の節足動物を捕食・消化します。中でもアリジゴクは砂地など乾燥した環境に生息し、砂の漏斗(funnel traps)を作って獲物を待ち伏せし、捕食することで知られています。こうした環境では食料となる昆虫の数が少ないため、アリジゴクは獲物を選ぶ余裕がありません。
そのため、獲物の大きさや防御力に関わらず、素早く麻痺させ、逃げられる前に殺すことが求められます。このような厳しい生存競争に適応するため、アリジゴクは非常に強力な毒を進化させてきました。
複雑な毒の生成メカニズムを持つアリジゴクの毒腺
マックスプランク化学生態学研究所(Max Planck Institute for Chemical Ecology、ドイツ)のハイコ・フォーゲル博士(Heiko Vogel, PhD)と、ギーセン大学(University of Giessen、ドイツ)のアンドレアス・ヴィルチンスカス博士(Andreas Vilcinskas, PhD)を中心とした研究チームは、アリジゴクの毒の発生源とその成分、さらには毒の生産におけるバクテリアの役割を解明することを目的に研究を行いました。彼らは、アリジゴクの毒がどの器官で生成されるのか、どのような成分で構成されているのか、そして同じ神経翅目に属するクサカゲロウ(Green Lacewing)幼虫の毒とどのように異なるのかを明らかにしました。
「アリジゴクでは合計256種類の毒タンパク質を特定しました。アリジゴクの毒腺全体は非常に複雑で、3つの異なる腺がそれぞれ異なる毒と消化酵素を、顎を介して獲物に注入しています。対照的に、クサカゲロウの毒腺からは137種類のタンパク質しか確認できませんでした。さらに、遺伝子解析を通じて、アリジゴクに特有と見られる毒素も発見しました」と、マックスプランク化学生態学研究所の昆虫共生学部門に所属するファーストオーサーのマイケ・フィッシャー博士(Maike Fischer, PhD)は述べています。
研究チームは、分子生物学的、組織学的および3D再構築法を組み合わせて、アリジゴクの毒腺における遺伝子発現、タンパク質多様性、腺の構造を調査しました。特に、HCR-RNA-FISH(蛍光in situハイブリダイゼーションとハイブリダイゼーション連鎖反応の組み合わせ)を使用して、個々の細胞内のRNA分子の分布と量を可視化および測定しました。その結果、アリジゴクの小さな3つの毒腺がそれぞれ異なる毒タンパク質を生成し、分泌に関与していることが示されました。
アリジゴクにはバクテリア共生が存在しないことを発見
バクテリアの可視化を目的とした蛍光in situハイブリダイゼーションを用いた解析では、アリジゴクの体内にはバクテリア共生体が存在しないことが確認されました。この結果は研究チームを驚かせました。マックスプランク化学生態学研究所の昆虫共生学部門の責任者であるマーティン・カルテンポス博士(Martin Kaltenpoth, PhD)は次のように述べています。「アリジゴクの体内にバクテリアがまったく存在しないのは驚くべきことです。通常、多くの動物は特に腸内に多くの微生物を抱えており、その一部は生存に必須とされています。また、これまでの研究では、アリジゴクの毒の中にはバクテリアによって生成されるものが含まれていると考えられていたため、この発見は意外でした」。
アリジゴクの特殊な毒腺は生態的ニッチへの適応
神経翅目の毒の役割と進化は、これまでほとんど研究されてきませんでしたが、生物的防除の観点から興味深い対象です。今回の研究結果は、異なる生息環境と獲物の多様性が神経翅目の毒の組成と作用に強い影響を及ぼし、それらの動態が捕食-被食関係の進化に重要な影響を与える可能性があることを示しています。ハイコ・フォーゲル博士は、「アリジゴクは獲物が少ない環境でも大きく防御力のある昆虫を圧倒できる複雑な毒の混合物を生成しており、顎を通じて毒または消化酵素を別々に注入できる進化的に独自の構造を発達させています」と述べています。
この研究は、2024年8月13日付のCommunications Biology誌に掲載されました。オープンアクセス論文のタイトルは、「Divergent Venom Effectors Correlate with Ecological Niche in Neuropteran Predators(異なる生態的ニッチに適応する神経翅目捕食者の毒素エフェクターの多様性)」です。
写真:アリジゴク(Euroleon nostras)は砂穴の中で、漏斗の中に落ちたり逃げ込んだりする獲物の昆虫を待っている。普段は砂から突き出た鎌のようなペンチしか見えない。(Credit:Benjamin Weiss、マックス・プランク化学生態学研究所)



