幼少期のつらい経験は、大人になってからの性格や人間関係に影を落とす――そんな私たち人間でよく知られた現象が、実は野生のサルの世界にも当てはまることが、大規模な追跡調査によって明らかになりました。米ノートルダム大学などの国際研究チームが、自由に生活する野生のアカゲザル集団を対象に、幼少期の逆境体験がその後の社会行動にどのような影響を及ぼすかを解明しました。
研究の概要
本研究は、bioRxivに公開されたプレプリント論文「Early life adversity shapes adult behavior in a free-ranging primate(早期逆境体験が自由行動下霊長類の成体行動を形成する)」に基づきます。筆頭著者はサム・K・パターソン氏(Sam K. Patterson、ノートルダム大学人類学部)、共同責任著者はノア・スナイダー=マックラー博士(Noah Snyder-Mackler, Ph.D.、アリゾナ州立大学)、ローレン・J・N・ブレント博士(Lauren J.N. Brent, Ph.D.、エクセター大学)、ジェームズ・P・ハイアム博士(James P. Higham, Ph.D.、ニューヨーク大学)です。論文は2026年7月21日にbioRxivで公開されました。
野生動物における「幼少期の傷」は解明されてこなかった
ヒトを対象とした研究では、幼少期の逆境体験(ELA: early life adversity)、たとえば虐待やネグレクト、養育者の喪失などが、成人後の攻撃性や社会的行動、精神的健康に長期的な影響を及ぼすことが数多く報告されています。動物園などの飼育環境下の動物でも同様の傾向が確認されていますが、自然の社会構造や生存競争にさらされる野生動物において、ELAが成体の行動をどこまで、どのように形作るのかは十分に分かっていませんでした。
659頭の追跡データが明かす行動パターン
研究チームは、自由に生活するアカゲザル(Macaca mulatta)の大規模集団を対象に、長期にわたる行動観察データを解析しました。対象となったのはオス313頭、メス346頭の合計659頭です。研究チームは8種類の早期逆境体験を定義した上で、成体になってからの攻撃性・被攻撃性、グルーミング(毛づくろい)などの親和的行動、警戒行動、服従的な振る舞いとの関連を統計的に分析しました。その結果、幼少期に多くの逆境を経験した個体ほど、成体になってから他個体からより多くの攻撃を受け、グルーミングを受ける機会が少なく、より服従的で、周囲への警戒行動も少ない傾向にあることが分かりました。さらに、群れの中での社会的地位の高さが、逆境体験がグルーミングに及ぼす悪影響を和らげる一方で、攻撃を受けるリスクについてはむしろ増幅させるという、地位によって異なる複雑な作用も見えてきました。
研究の意義と今後の展望
本研究は、統制されていない自然な野生環境において、幼少期の逆境体験が成体行動に長期的な影響を及ぼすことを大規模データで示した点に大きな意義があります。得られた行動パターンの一部はヒトや飼育動物での知見と一致しており、幼少期のストレスが行動に及ぼす影響が、進化的に保存されたメカニズムである可能性を示唆しています。研究チームは、こうした知見が、社会的な逆境がもたらす長期的な健康・適応への影響を理解する上で、種を超えた比較の視点を提供するとしています。
本論文はオープンアクセスのプレプリントです。
[bioRxiv]
