インフルエンザは毎年、世界で数十万人の命を奪う感染症でありながら、既存の抗ウイルス薬には耐性ウイルスの出現という壁が立ちはだかっています。フランスの研究チームが、ウイルス増殖に不可欠なタンパク質同士の「継ぎ目」を狙い、mRNA-LNP(脂質ナノ粒子)を使って細胞内に直接送り込む新しいタイプのペプチド阻害剤を開発しました。
研究の概要
本研究は、bioRxivに公開されたプレプリント論文「「Affinity-enhanced peptides delivered by mRNA-LNPs inhibit influenza A virus replication by disrupting the PA-PB1 interaction(親和性強化ペプチドをmRNA-LNPで送達しPA-PB1相互作用を阻害することでA型インフルエンザウイルスの複製を抑制する)」」に基づきます。筆頭著者はアルベルト・フローレス・プラダ氏(Alberto Florez Prada、グルノーブル・アルプ大学/CNRS/CEA、構造生物学研究所IBS)、責任著者はダレン・J・ハート博士(Darren J. Hart, Ph.D.、同研究所)、ナディア・ナファク博士(Nadia Naffakh, Ph.D.)およびカトリーヌ・イゼル博士(Catherine Isel, Ph.D.、いずれもパスツール研究所)です。論文は2026年7月31日にbioRxivで公開されました(初版は7月29日)。
既存薬が効きにくくなる中での新たな標的探し
季節性インフルエンザは世界で年間29万〜65万人が死亡すると推定され、ワクチンの効果には限界があり、既存の抗ウイルス薬もウイルスの変異によって耐性が生じやすいという課題を抱えています。研究チームが目をつけたのは、インフルエンザウイルスの増殖に不可欠な酵素複合体「ウイルスポリメラーゼ(FluPol: influenza virus polymerase)」を構成するタンパク質PA・PB1・PB2のうち、PB1のN末端ペプチドがPAのC末端ドメインに強く結合する「PA-PB1界面」でした。この結合部位はウイルス間で高度に保存されており、宿主(ヒト)には存在しないため、副作用の少ない治療標的として有望視されていました。ただし、この結合を阻害するペプチドを細胞内まで安定して届けることが長年の技術的課題でした。
ファージディスプレイで結合力を強化、mRNA-LNPで細胞内へ
研究チームはまず、PB1のN末端(1〜15残基)を土台に、PAとの結合に関わる残基を網羅的に変化させた2種類のファージディスプレイライブラリー(それぞれ約20万クローン規模)を構築し、ビオチン化したPAのC末端ドメインを標的にパニングを実施しました。その結果得られた高親和性のリードペプチドについて、生化学的な結合特性評価とX線結晶構造解析により、結合様式を詳細に確認しました。
続いて、このペプチドを暗号化したmRNAを脂質ナノ粒子(LNP: lipid nanoparticle)に封入し、細胞内で一過性に発現させる送達手法を採用しました。これにより、ゲノムへの組み込みを伴わずにペプチド阻害剤を細胞質へ直接供給することが可能になりました。
培養細胞でウイルス複製をしっかり抑制
細胞ベースのミニレプリコンアッセイでは、選抜されたペプチドがPA-PB1の二量体形成を阻害し、ウイルスポリメラーゼの活性を有意に低下させることが確認されました。さらに、mRNA-LNPを用いてこのペプチドを細胞内で発現させたところ、培養細胞におけるA型インフルエンザウイルスの複製が明確に抑制されることが示されました。
研究の意義と今後の展望
本研究は、ウイルスに必須なタンパク質間相互作用(PPI: protein-protein interaction)を標的とする細胞内発現型ペプチド阻害剤という、既存の低分子薬や抗体医薬とは異なる新しい抗ウイルス戦略を示すものです。宿主に存在しない界面を狙うため、耐性ウイルスが出現しにくいことも期待されます。研究チームは、mRNA-LNP技術によってこれまで困難だったペプチド阻害剤の細胞内送達の壁を越えられた点を強調しており、今後は動物モデルでの有効性検証や肺への送達最適化を経て、インフルエンザだけでなく他のRNAウイルスにも応用可能な汎用プラットフォームとしての発展が期待されます。
本論文はオープンアクセスのプレプリントであり、本文全体を確認した上でまとめています。
[bioRxiv]
