私たちの腸に棲む微生物が作り出すありふれた代謝物が、がんと戦う免疫細胞を目覚めさせる「スイッチ」になるとしたら――。米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の研究チームが、体内に広く存在する「MAIT細胞」と呼ばれる免疫細胞を、微生物由来の代謝物によって活性化し、固形がんを攻撃させることに成功したと報告しました。遺伝子改変を必要としないこの戦略は、次世代のがん免疫療法の新たな選択肢となるかもしれません。
研究の概要
本研究は、bioRxivに公開されたプレプリント論文「Microbial Metabolites Potentiate MAIT Cell Anti-Tumor Immunity Against Solid Tumors(微生物代謝物がMAIT細胞の抗腫瘍免疫を増強する)」に基づきます。筆頭著者はイーチェン・ジュー氏(Yichen Zhu、UCLA微生物学・免疫学・分子遺伝学部門/バイオエンジニアリング学部)、責任著者はリリー・ヤン博士(Lili Yang, Ph.D.、同大学の複数のセンター・研究所に所属)です。論文は2026年7月24日にbioRxivで公開されました。
体内に眠る「万能」免疫細胞をどう起こすか
MAIT細胞(粘膜関連インバリアントT細胞、MAIT: mucosal-associated invariant T cell)は、ヒトの血液や組織に豊富に存在し、自然免疫と獲得免疫の橋渡し役を担うT細胞の一種です。この細胞は、MHCクラスI関連分子であるMR1(MR1: MHC class I-related protein 1)を介して、細菌が作り出すビタミンB2(リボフラビン)由来の代謝物を認識するという、他のT細胞にはないユニークな性質を持っています。患者ごとに個別の遺伝子改変が必要なCAR-T細胞療法などとは異なり、MAIT細胞は多くの人に共有される標的認識機構を持つため、汎用性の高い細胞療法・活性化戦略の基盤になり得ると期待されてきました。しかし、これまで固形がんに対してMAIT細胞を薬理学的に活性化し、実際に治療効果を引き出す具体的な方法は確立されていませんでした。
代謝物でMAIT細胞を「覚醒」、肝がんモデルで腫瘍抑制
研究チームは、細菌由来のリボフラビン代謝物である5-OP-RUおよび5-OE-RUを用いてヒトMAIT細胞を刺激し、その機能変化を詳細に解析しました。その結果、これらの代謝物による刺激で、MAIT細胞の細胞傷害活性、炎症性サイトカインの分泌、そして遺伝子発現プロファイルに顕著な変化が誘導されることを確認しました。続いて、肝がんの異種移植モデルマウスに5-OP-RUを投与したところ、腫瘍の増殖が有意に抑制されることが示されました。さらに腫瘍微小環境(TME: tumor microenvironment)を詳しく調べると、免疫を抑制する働きを持つ腫瘍関連マクロファージ(TAM: tumor-associated macrophage)や骨髄由来抑制細胞(MDSC: myeloid-derived suppressor cell)が著しく減少しており、代謝物によるMAIT細胞活性化が腫瘍周囲の免疫環境全体を攻撃的な状態へと作り替えていることが明らかになりました。
研究の意義と今後の展望
本研究は、微生物由来の代謝物という比較的シンプルな分子を用いて、体内にもともと存在するMAIT細胞を薬理学的に動員し、固形がんへの攻撃力を引き出せることを示した点で意義深いものです。個別化された遺伝子改変を必要としないため、より多くの患者に応用しやすい治療戦略となる可能性があります。研究チームは今後、肝がんに限らず他の固形腫瘍への応用可能性や、臨床応用に向けたさらなる検証を進めるものとみられます。
本論文はオープンアクセスのプレプリントです。
[bioRxiv]
