私たちの血液の中で最も数が多い免疫細胞でありながら、これまで詳しい研究が進んでいなかった細胞があります。それが「好中球」(こうちゅうきゅう、neutrophil)です。寿命が短く解析が難しいことから、他の免疫細胞に比べて研究が遅れていましたが、このたび世界中のデータを統合した「ヒト好中球シングルセルアトラス」が完成し、感染症やがん、重症患者の死亡リスクなどに関わる好中球の知られざる素顔が明らかになりました。
この研究成果は、2026年10月21日に学術誌Nature Immunologyに「A single-cell atlas of human neutrophils reveals neutrophil heterogeneity across health and disease(ヒト好中球のシングルセルアトラスが明らかにする、健康と疾患における好中球の多様性)」というタイトルで発表されました。研究を主導したのは、米スタンフォード大学のパーヴェシュ・カトリ博士(Purvesh Khatri, PhD)率いる国際共同研究チームです。
研究チームは、世界9カ国・20以上の組織や疾患から集められた43件の独立したシングルセルRNAシーケンス(scRNA-seq: single-cell RNA sequencing)データセット、781検体、合計100万個の好中球を統合し、「SCAHN(ヒト好中球シングルセルアトラス: Single-Cell Atlas of Human Neutrophils)」と名付けたデータベースを構築しました。
解析の結果、好中球は大きく「成熟型」と「未成熟型」の2つのグループに分かれ、さらに未成熟型は一次顆粒遺伝子を高発現する「AZU1サブセット」と二次顆粒遺伝子を高発現する「LTFサブセット」に細分されることが分かりました。これらのサブセットは、組織の種類や疾患の状態によって機能や存在比率が大きく異なっていました。例えば、全血中では好中球の割合は中央値45%に達する一方、末梢血単核球(PBMC: peripheral blood mononuclear cell)中ではわずか4%にとどまり、未成熟サブセットの割合もPBMC中で15%と、全血中の4%より際立って高いことが示されました。
さらに研究チームは、マウスや非ヒト霊長類の好中球データをSCAHNに重ね合わせることで、種を超えて保存された特徴と、ヒトに固有の特徴の両方を特定しました。これにより、動物実験で得られた知見をどこまでヒトに応用できるかを判断する手がかりが得られます。
研究のハイライトは、好中球の遺伝子発現パターンが実際の臨床転帰と結びついていることを示した点です。40件のデータセットから集めた17,023件の血液トランスクリプトーム(転写産物の網羅的データ)を解析したところ、好中球に特有の遺伝子シグネチャーが、重症患者における急性期の死亡リスク予測や、がんの診断・生存率、さらには代謝機能障害や長期的な全死亡リスクとも関連していることが明らかになりました。加えて、43万件を超える電子カルテ(EHR: electronic health record)データの解析でも、好中球関連のシグネチャーと慢性疾患リスクとの関連が裏付けられました。
論文内でカトリ博士らは、"Here we assembled a single-cell atlas of human neutrophils (SCAHN) by integrating transcriptome data from 1 million human neutrophils from 781 samples and 43 independent datasets"(「我々は781検体・43件の独立データセットから得た100万個のヒト好中球のトランスクリプトームデータを統合し、ヒト好中球シングルセルアトラス(SCAHN)を構築した」)と、今回の統合解析の規模の大きさを強調しています。
これまで「感染と戦う単純な細胞」というイメージが強かった好中球ですが、今回のアトラスによって、好中球の状態そのものが将来の病気のリスクを映す指標になり得ることが示されました。研究チームは今後、このアトラスを免疫リスクの層別化や、感染症・がん・代謝疾患に対するより精密な診断・治療戦略の開発に役立てたいとしています。
