「広さ」か「深さ」か、二者択一だった空間トランスクリプトミクスに新手法

組織の中でどの細胞がどの遺伝子を発現しているかを、位置情報を保ったまま調べられる「空間トランスクリプトミクス」は、がんや免疫、発生生物学の研究を大きく前進させてきました。しかし人気の解析プラットフォーム「Xenium(ゼニウム)」には、長年悩ましいトレードオフがありました。少数の遺伝子を高感度で調べるか、数千の遺伝子を広く浅く調べるか、そのどちらかしか選べなかったのです。米国の研究チームが、この「広さ」と「深さ」を同じ組織切片・同じ細胞で同時に手に入れる、意外にシンプルな解決策を報告しました。

10x Genomics社のXeniumプラットフォームには、大きく分けて2種類の化学(chemistry)が存在します。ひとつは最大480遺伝子程度に限られるものの検出感度が高い「V1 chemistry」、もうひとつは約5,000遺伝子を検出できる代わりに感度が下がる「Prime 5K chemistry」です。研究者はこれまで、深く狭く見るか、広く浅く見るか、目的に応じてどちらか一方を選ばざるを得ませんでした。同じプラットフォームで両方を同時に実現する方法は存在していなかったのです。

米国アリゾナ州フェニックスにあるトランスレーショナル・ゲノミクス研究所(TGen: Translational Genomics Research Institute)のアリアナ・L・ウィリアムズ・ケイテック(Arianna L. Williams-Katek)氏を筆頭著者、同研究所のニコラス・E・バノビッチ博士(Nicholas E. Banovich, PhD)を責任著者とする研究チームが、学術誌Life Science Allianceに「Fishing with two lines: a hybrid approach to spatial transcriptomics discovery(2本の釣り糸で釣る:空間トランスクリプトミクス発見のためのハイブリッド手法)」と題した論文を発表しました。

1枚の組織切片に2つの化学を「二重ハイブリダイゼーション」

研究チームが開発したのは、同一の組織切片上でV1 chemistryとPrime 5K chemistryのプローブを共存させてハイブリダイゼーションさせ、装置上でV1(ランタイムが短い)を先に実行してからPrimeを実行するという「デュアルケミストリー」法です。これにより、同じ細胞から高感度の狭域データと、幅広い発見志向の広域データを同時に取得できるようになります。

手法の検証には、ヒト肺組織のマイクロアレイ17サンプルを使用しました。連続する組織切片を3枚用意し、それぞれ「V1単独」「Prime単独」「デュアル(V1+Prime)」で解析し、細胞のセグメンテーション数やトランスクリプト検出数、両パネルに共通する遺伝子(オーバーラップ遺伝子)の発現パターンの一致度を比較しています。

細胞数はほぼ同等、感度への影響もごくわずか

検証の結果、V1単独とデュアルとを比べると、セグメントされた細胞数(1,111,107個 対 1,107,543個)、検出された総トランスクリプト数(約2億2,100万 対 約2億1,900万)はほぼ同等で、スライド間のばらつきの範囲内に収まりました。

一方、Prime単独とデュアル(V1を先に実行した後のPrime)を比べると、細胞数はほぼ変わらなかったものの(約110万個 対 約112万個)、検出された総トランスクリプト数はやや減少しました(約2億1,000万 対 約1億8,800万)。これは、先に実行したV1のランがPrimeの感度にわずかな影響を与えたことを示しています。それでも、両パネルに共通する遺伝子の発現パターンは、デュアル条件でも単独条件と高い一致度を保っており、アッセイとしての信頼性が確認されました。

「発見」と「高感度プロファイリング」を両立する道

研究チームは、このデュアルケミストリー法によって、より多くの細胞情報を保持しながら、高感度な狭域パネルと幅広い発見志向のパネルという、これまで二者択一だった情報を同時に得られるようになったとしています。研究チームはこの手法を、空間トランスクリプトミクスにおける「広さと深さのトレードオフ」を乗り越えるハイブリッドアプローチと位置づけています。

今回の検証は肺組織を対象としたものですが、同一スライド上で複数の化学的手法を組み合わせるという発想は、他の組織や疾患研究への応用も期待されます。細胞タイプの同定精度を保ちながら発見志向の広域スクリーニングも行えるようになれば、がんや免疫疾患などの精密な組織解析、ひいては将来の臨床応用にも道を開く技術といえそうです。

[Life Science Alliance article]

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