たった一人の患者のために、世界で一つだけの「オーダーメイドの薬」を作る——そんなSF映画のような話が、現代の医学で現実になろうとしているのをご存知でしょうか。毎日数え切れないほどのてんかん発作に苦しみ、従来の薬が全く効かない重篤な小児疾患において、患者さん個人の遺伝子に合わせて設計された最先端の治療法が、驚くべき成果を上げています。
究極の個別化医療:一人の患者のための遺伝子治療
Nature Medicine誌に掲載された画期的な研究論文「「Individualized antisense oligonucleotides for SCN2A-related developmental epileptic encephalopathy (SCN2A関連発達性てんかん性脳症に対する個別化アンチセンスオリゴヌクレオチド)」」では、特定の遺伝子変異を持つ2人の少年のために特別に設計された治療薬の臨床試験結果が報告されています。
オリビア・キム=マクマナス (Olivia Kim-McManus) 博士らの研究チームは、SCN2A遺伝子の変異に起因する発達性てんかん性脳症 (DEE: developmental and epileptic encephalopathy) を抱える9歳と14歳の男児に対して、並行して「n=1(参加者1名)」の臨床試験を実施しました。
DEEは、小児期の最も重篤な慢性神経疾患の一つであり、脳波 (EEG: electroencephalography) 上の異常を伴い、深刻な神経発達の遅れや突然死のリスクを高めることが知られています。中でもSCN2A遺伝子は、脳内のナトリウムチャネルを構成する重要な遺伝子であり、この遺伝子の機能獲得 (GOF: gain-of-function) や機能喪失 (LOF: loss-of-function) の変異は、難治性のてんかんや自閉スペクトラム症 (ASD: autism spectrum disorder) など、さまざまな重い症状を引き起こします。
健康な遺伝子を残し、異常な遺伝子だけを狙い撃ちする技術
現在、SCN2A関連のDEEに対する治療は、ナトリウムチャネルを阻害する既存の抗てんかん薬による対症療法が中心ですが、多くの場合十分な効果が得られません。そこでキム=マクマナス博士らは、アンチセンスオリゴヌクレオチド (ASO: antisense oligonucleotides) と呼ばれる技術に着目しました。
ASOは、標的とするRNAに結合してその働きを調節する、近年注目を集めている核酸医薬品です。研究チームは、患者さんのゲノム上に存在する一塩基多型 (SNP: single-nucleotide polymorphisms) というわずかな遺伝子の違いを利用しました。これにより、健康な野生型の遺伝子コピーの働きはそのまま維持しつつ、病気の原因となっている変異遺伝子の働きだけを選択的に抑え込む「アレル選択的」な個別化ASOを設計・投与したのです。
2人の少年に見られた劇的な変化
この世界で一つだけのASO治療を受けた2人の少年には、非常に素晴らしい臨床的改善が見られました。
- てんかん発作の大幅な減少: 治療開始後、9歳の少年では約26%、14歳の少年では約90%もの発作頻度の減少が確認されました。さらに、これまで数日おきに必要だった緊急時の発作止め薬の使用が減り、長期間にわたって発作のない日々を過ごすことができるようになりました。
- 併用薬の減量: 9歳の少年は、副作用が強いにもかかわらず乳児期から手放せなかった抗てんかん薬(フェニトイン)を、完全にやめることに成功しました。
- 神経発達と生活の質の向上: 驚くべきことに、発作が減っただけでなく、2人ともコミュニケーション能力や運動スキルの向上が見られました。特に14歳の少年は、運動障害が大きく改善し、15歳にして初めて「自力で歩行する」という感動的な発達の節目を迎えました。さらに、長年彼を苦しめていた重度の胃腸障害も劇的に改善しています。
- 高い安全性: このASO治療に関連する重篤な有害事象は報告されておらず、非常に良好な忍容性が確認されています。
「1人のための薬」から「多くの人のための薬」へ
この「n=1」の臨床試験の成功は、単にこの2人の少年を救っただけにとどまりません。研究チームが、全ゲノムシーケンス (WGS: whole-genome sequencing) を通じて診断された別のSCN2A関連疾患の乳幼児グループを調査したところ、約16%の患者さんが、今回開発されたASOと同じSNPの条件を持っていることが分かりました。
つまり、たった一人のために作られた究極の個別化医薬品が、同じ遺伝的特徴を持つ他の多くの患者さん(n-of-many)を救う治療薬へと発展する可能性が示されたのです。本研究は、難治性の単一遺伝子疾患に苦しむ患者さんとそのご家族にとって、新しい治療の道筋を照らす極めて重要な一歩となるでしょう。
