私たちが年齢を重ねるにつれて、全身の細胞や組織でも静かに「老化」の変化が進行しています。その鍵を握るのが、遺伝子の働きを調節する化学的な印「DNAメタロミクス」や「DNAメチル化」です。器官ごとに老度のスピードや仕組みは異なるのでしょうか?それとも全身で共通する「老化の時計」が存在するのでしょうか?
17種類のヒト組織におけるDNAメチル化老化サンプルのメタアナリシス
加齢に伴うエピジェネティックな変化、特にDNAメチル化(DNA methylation: エピジェネティックな塩基修飾)は、さまざまな組織において年齢とともに蓄積することが知られています。しかし、こうした変化が器官を超えて共通のパターンに従っているのか、あるいは組織固有のものなのかについては十分に解明されていませんでした。
今回、マクスエ・ジャック(Macsue Jacques)博士、カーステン・シール(Kirsten Seale)博士、サーラ・ボワサン(Sarah Voisin)博士、ニール・エイノン(Nir Eynon)博士 らの国際研究チームは、17種類の組織から得られた15,000件以上のヒトメチル化プロファイルをメタアナリシス(統合解析)し、全身共通のエピジェネティック・サインと組織特異的なサインの両方を明らかにしました。本研究成果は、学術誌『Nature Aging』に「「Meta-analysis of DNA methylation aging signatures in 17 human tissues(17種類のヒト組織におけるDNAメチル化老化サンプルのメタアナリシス)」」として発表されました。
共通する「分子の無秩序化」と組織固有の変化
研究チームは、年齢に関連するメチル化変化を3つの相補的な指標(DMPs:平均値の変化、VMPs:個体間分散の変化、シャノン・エントロピー:ゲノム全体の乱れ)を用いて網羅的に解析しました。
- DMPs(差分的メチル化部位): 多くの組織で年齢とともにメチル化レベルが上昇(ハイパーメチル化)する傾向が確認されました。一方、骨格筋や肺では逆にメチル化が低下(ハイポメチル化)する特異なパターンが観察されました。
- VMPs(変異的メチル化部位): 個体間のばらつきを示すVMPsは非常に希少であり、脳や皮膚など一部の組織に限定される極めて組織特異的な変化であることが判明しました。
- シャノン・エントロピー(Shannon entropy: 情報理論に基づく分子の乱れの指標): 加齢に伴い、ほぼすべての組織でメチル化パターンの正確性が失われ、エピジェネティックな漂流(ドリフト)や「分子の乱れ(Disorder)」が増大することが示されました。
全身の細胞接着を担うPCDHGA1とNAD⁺代謝の可能性
共メチル化ネットワーク解析(WGCNA)およびシミュレーションモデル(in silico)を用いた統合解析により、老化の確律的なメカニズムと治療標的になり得る分子経路が浮き彫りになりました。
- 共通ハブ遺伝子PCDHGA1の同定: 細胞接着タンパク質をコードするPCDHGA1遺伝子が、組織を超えて共通して機能するハブとして特定され、複数の器官にまたがる老化プロセスにおいて細胞間コミュニケーションの維持が極めて重要であることが示唆されました。
- NAD⁺代謝経路の治療可能性: ネットワーク解析により、介入によって改変されにくい堅固な遺伝子クラスタが存在する一方で、NAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)代謝に関連する改変可能なクラスタが特定されました。これは、加齢に伴うエピジェネティックな劣化に対してNAD+補給などが有効な治療標的になり得ることを裏付けています。
今回構築された包括的なDNAメチル化アトラスはWeb上でオープンデータとして公開されており、ヒトの老化の分子基盤を解明し、新たなバイオマーカーや抗老化療法の開発を加速する貴重なリソースとして期待されています。
