世界で最も多くの命を奪っている感染症、結核。実は、現在使われている唯一のワクチンであるBCGは、開発から100年以上も経っていることをご存じでしょうか?成人の肺結核に対しては十分な効果が得られないという大きな課題に対し、マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームが、最新の「免疫ペプチドミクス」を駆使して反撃の狼煙を上げました。結核菌のタンパク質を大規模にスクリーニングした結果、世界で最も致命的な感染症である結核(TB)の新しいワクチンとして開発可能な抗体がいくつか明らかになりました。新しい研究において、マサチューセッツ工科大学(MIT)のバイオエンジニアリングチームは、4,000以上の細菌タンパク質の中から、感染に対する免疫細胞の反応を指揮する役割を持つT細胞に強い反応を促すとみられる、少数の免疫原性ペプチドを特定することに成功しました。

現在、結核に対するワクチンは、牛に結核を引き起こす細菌を弱毒化したBCG(BCG: Bacille Calmette-Guérin)として知られるもの唯一つです。このワクチンは世界の一部の地域で広く接種されていますが、成人の肺結核を予防する効果は低いとされています。世界全体では、結核によって毎年100万人以上の人々が命を落としています。

MITのバイオエンジニアリング准教授であり、マサチューセッツ総合病院、ブリガム・アンド・ウィメンズ病院、MIT、およびハーバード大学のラゴン研究所のメンバーでもあるブライアン・ブライソン(Bryan Bryson)博士は次のように述べています。「世界中には依然として巨大な結核の脅威があり、私たちはそこに影響を与えたいと考えています。今回の初期の結核ワクチン開発で私たちが試みたのは、スクリーニングで頻繁に見られ、かつ過去に結核に感染したことのある人のT細胞において反応を刺激すると考えられる抗体に焦点を当てることでした」

ブライソン博士と、MITのバイオエンジニアリング教授でありコッホ統合がん研究所のメンバーでもあるフォレスト・ホワイト(Forest White)博士が、2025年11月5日に学術誌『Science Translational Medicine』に掲載された研究論文のシニアオーサー(責任著者)を務めました。筆頭著者はオーウェン・レッディ(Owen Leddy)博士です。論文のタイトルは「「Immunopeptidomics Can Inform the Design of mRNA Vaccines for the Delivery of Mycobacterium tuberculosis MHC Class II Antigens(免疫ペプチドミクスは結核菌MHCクラスII抗原デリバリーのためのmRNAワクチン設計に知見を与え得る)」」です。

 

ワクチン標的の特定

BCGワクチンが100年以上前に開発されて以来、他に承認された結核ワクチンはありません。結核菌(Mycobacterium tuberculosis)は4,000以上のタンパク質を産生するため、ワクチンとして使用した際に強い免疫反応を引き起こす可能性のあるタンパク質を選び出すことは、非常に困難な課題です。

今回の研究で、ブライソン博士と学生たちは、感染したヒト細胞の表面に提示される結核タンパク質を特定することで、候補を絞り込むことに着手しました。食細胞などの免疫細胞が結核菌に感染すると、細菌タンパク質の一部がペプチドと呼ばれる断片に細断され、主要組織適合遺伝子複合体 (MHC: major histocompatibility complexes) タンパク質によって細胞表面に表示されます。これらのMHCペプチド複合体は、T細胞を活性化させる信号として機能します。

MHCにはクラスIとクラスIIの2種類があります。クラスI MHCはキラーT細胞を活性化し、クラスII MHCはヘルパーT細胞を刺激します。ヒトの細胞には、MHC-IIタンパク質をコードする3つの遺伝子があり、それぞれに数百の変異体が存在します。つまり、人によってMHC-II分子のラインナップは大きく異なり、提示される抗原も異なります。

「4,000もの結核タンパク質すべてを見る代わりに、結核のタンパク質のうちどれが実際にMHCを介して免疫系に提示されるのかを問い直したかったのです」とブライソン博士は語ります。「その問いに答えることができれば、それに合わせたワクチンを設計できます」

この疑問に答えるため、研究チームはヒトの食細胞に結核菌を感染させました。3日後、細胞表面からMHCペプチド複合体を抽出し、質量分析(mass spectrometry)を用いてペプチドを特定しました。

MHC-IIに結合したペプチドに注目したところ、感染細胞で最も頻繁に見られた13種類のタンパク質由来の27個の結核ペプチドを発見しました。次に、過去に結核に感染したことのある人々から提供されたT細胞にこれらのペプチドをさらして、さらにテストを行いました。

その結果、これら27個のペプチドのうち24個が、少なくとも一部のサンプルでT細胞反応を引き起こすことが確認されました。すべての提供者に反応した単一のタンパク質はありませんでしたが、ブライソン博士は、これらのペプチドを組み合わせたワクチンであれば、ほとんどの人に効果があるだろうと考えています。

 

mRNAワクチンの導入

研究チームが特定したワクチン候補の中には、7型分泌系 (T7SS: type 7 secretion systems) と呼ばれるクラスのタンパク質由来のペプチドがいくつか含まれていました。これらのペプチドの一部は、ブライソン博士の研究室によるMHC-Iに関する以前の研究でも発見されていました。

「7型分泌系の基質は結核菌の全プロテオームのごく一部に過ぎませんが、MHCクラスIやクラスIIを見ると、細胞がこれらを優先的に提示しているようです」とブライソン博士は述べています。

これらのタンパク質のうち、最もよく知られているEsxAとEsxBの2つは、細菌が細胞内の食細胞に包み込まれた膜から脱出するのを助けるために分泌されます。どちらのタンパク質も単独では膜を突き破ることができませんが、2つが結合してヘテロ二量体を形成すると穴を開けることができ、他のT7SSタンパク質も脱出できるようになります。

特定したタンパク質が優れたワクチンになり得るかを評価するため、研究チームはEsxBとEsxGという2つのタンパク質配列をコードするメッセンジャーRNA (mRNA: messenger RNA) ワクチンを作成しました。チームは、細胞内の異なる区画を標的とする数種類のワクチンを設計しました。

このワクチンをヒトの食細胞に導入したところ、分子を分解するオルガネラである細胞のリソソームを標的としたワクチンが最も効果的であることが分かりました。このワクチンは、他のどのワクチンよりも1,000倍多くの結核ペプチドのMHC提示を誘導しました。

さらに、ワクチンにEsxAを加えると、リソソーム膜を突き破るヘテロ二量体の形成が可能になるため、提示がさらに高まることも判明しました。

研究チームは現在、ほとんどの人に結核への防御を提供できると考える8種類のタンパク質の混合物を持っており、世界中の人々の血液サンプルを用いてその組み合わせのテストを続けています。また、動物モデルでこのワクチンがどの程度の防御力を提供するかを探るための追加研究も計画しています。ヒトでの治験は数年先になる見込みです。

[News release] [Science Translational Medicine abstract]

この記事の続きは会員限定です