深刻な肝不全に陥った患者を救う「橋渡し治療」として、ブタの肝臓を体外で人の血流につなぐという大胆な試みが進んでいます。もし移植までの間、一時的に肝臓の機能を代替できる仕組みがあるとしたら——。米国の研究チームが、脳死状態のドナーを対象に行った「体外肝臓交叉循環」というシステムを、マルチオミクス解析という強力な手法で丸裸にしました。ヒトとブタ、異なる種の細胞や分子が体内でどうせめぎ合うのか、その最前線をご紹介します。
この研究は、2026年7月15日に学術誌「Nature Medicine」に掲載されたもので、ニューヨーク大学(NYU)ランゴン移植研究所のチェン・ゾー・グオ氏(Qian "Zoe" Guo)を筆頭著者、同研究所のブレンダン・キーティング博士(Brendan Keating, PhD)を責任著者とする研究チームによって行われました。ペンシルベニア大学やピッツバーグ大学などとの共同研究として実施され、論文のタイトルは「Longitudinal Multiomics Profiling of Extracorporeal Cross-Circulation with Pig Liver Xenografts in Human Decedents(ヒト脳死ドナーにおけるブタ肝臓異種移植片を用いた体外交叉循環の経時的マルチオミクスプロファイリング)」です。
臓器不足を補う「体外肝臓交叉循環」とは
世界的に深刻な臓器不足が続く中、重症急性肝不全(ALF)や慢性肝不全の急性増悪(ACLF)の患者に対しては、肝臓移植が実現するまでの「橋渡し」として、体外で機能する肝サポートシステムの開発が求められています。研究チームが着目したのは、遺伝子改変ブタの肝臓を、脳死とされたヒトドナー(decedent)の血流に体外で接続し、循環させる「体外肝臓交叉循環(Extracorporeal Liver Cross-circulation: ELC)」という手法です。
マルチオミクスで解き明かす種を超えた相互作用
研究チームは、4名の脳死ドナーを対象に、遺伝子改変ブタの肝臓を用いたELC処置を計5回実施しました。最長で84時間にわたり血液を循環させ、その間に採取した64点の経時的な血液サンプルに対して、プロテオミクス(タンパク質解析)、メタボロミクス(代謝物解析)、リピドミクス(脂質解析)をLC-MS/MS(液体クロマトグラフィー質量分析)で実施しました。さらに、ブタ肝臓の生検25検体とヒト自己肝臓3検体に対して、10x Genomics社の「Xenium」プラットフォームを用いた空間的トランスクリプトミクス(遺伝子発現の空間分布解析)を行い、細胞・分子レベルでヒトとブタの相互作用を丹念に追跡しました。
明らかになった免疫応答と血小板減少のメカニズム
その結果、ブタの肝臓は、自己肝臓を摘出した後も48時間以上にわたり代謝サポート機能を維持することが分かりました。一方で、早期から自然免疫応答が活性化し、種特異的な補体(complement)の動態が観察されました。ヒト由来の補体タンパク質が経時的に減少する一方、ブタ肝臓はC3・C5などの補体成分や急性期タンパク質、凝固因子を高いレベルで産生し続けていたのです。これは、異種移植片自体が自然免疫・炎症応答を能動的に駆動している可能性を示唆しています。
また、移植片と血小板の相互作用も明らかになりました。フォン・ヴィレブランド因子(vWF)、血管内皮、肝細胞、常在・浸潤免疫細胞が関与し、「異種移植片関連血小板減少症」のメカニズムの一端が示されたのです。適応免疫細胞の浸潤は比較的限定的にとどまり、遺伝子改変が拒絶反応を一定程度抑制している可能性がうかがえました。一方で、ヒト由来の炎症性マクロファージや好中球は時間の経過とともに肝臓組織への浸潤を進め、ブタ由来のクッパー様マクロファージやT細胞は経時的に減少していきました。
異種移植の実用化に向けて
研究チームは、この知見が種特異的な補体阻害薬やvWF関連分子を標的とした治療戦略の開発につながり、異種移植片の生体適合性を高めるための遺伝子工学的改良のロードマップになると述べています。実際、この技術を応用した第1相臨床試験がすでにACLFステージII〜IIIaの患者を対象に進行中とされ、将来的には腎臓や心臓の異種移植研究にも応用が期待されています。深刻な臓器不足が続く中、こうした一時的な生物学的サポートシステムが確立されれば、肝不全患者の生存率向上や移植待機期間の短縮に大きく貢献する可能性があります。
