これまで神経細胞を保護し支える存在だと考えられてきた脳内の細胞が、加齢に伴う認知機能の低下を積極的に引き起こしている可能性があることが、新たな研究で明らかになりました。英エディンバラ大学(University of Edinburgh)と米ノースウェスタン大学(Northwestern University)の共同研究チームは、高齢者の脳組織と老化マウスモデルを用いた解析から、神経線維を覆う髄鞘を作る細胞であるオリゴデンドロサイト(oligodendrocyte)の機能不全が、加齢による認知低下に関与していることを突き止めました。この研究成果は、2026年8月25日に医学誌ネイチャー・メディシン(Nature Medicine)に掲載されました。
論文「Oligodendrocyte dysfunction in human age-related cognitive decline(ヒトの加齢性認知機能低下におけるオリゴデンドロサイトの機能不全)」の筆頭著者は、現在カナダ・ユニティヘルストロントのセントマイケルズ病院に所属するジョージナ・クレイグ博士(Georgina A. Craig)、責任著者はエディンバラ大学UKデメンティア研究所のヴェロニク・ミロン博士(Véronique E. Miron)です。
スコットランドの長期追跡コホートを解析
研究チームは、1936年生まれのスコットランド人を対象とした大規模長期追跡研究「ロージアン出生コホート1936(Lothian Birth Cohort 1936)」の死後脳組織を利用しました。このコホートでは70歳から82歳まで3年ごとに記憶力・処理速度・視空間能力などの認知機能検査が実施されており、追跡対象866人のうち865人で加齢に伴う認知機能の低下が確認されています。研究チームは個人ごとの認知低下の速さを統計モデルで算出し、低下が緩やかなグループと急速なグループに分けて、それぞれの脳梁(左右の大脳半球をつなぐ神経線維の束)の組織を比較しました。
その結果、認知低下が急速なグループでは大型の神経線維(軸索)の割合が減少している一方、残った大型軸索を覆うミエリンが異常に厚くなっていることが判明しました。さらに、変性した神経線維の密度も有意に増加していました。同時に、ミエリンを作るオリゴデンドロサイトの数自体は増加していたものの、細胞を酸化ストレスから守る役割を持つ転写因子NRF2(核因子赤血球由来2様因子2: nuclear factor erythroid 2-related factor 2)を発現する細胞の割合は低下していました。
マウス実験で因果関係を証明
この関連が単なる相関ではなく因果関係であることを確かめるため、研究チームはオリゴデンドロサイトだけでNRF2遺伝子を欠損させたマウスを作製しました。すると、ヒトの重症群で見られたのと同様に、大型軸索の減少とミエリンの異常な肥厚が再現されました。さらに水迷路を使った学習試験では、通常のマウスが4日間で学習成績を平均58%改善させたのに対し、NRF2を欠損したマウスの改善はわずか28%にとどまりました。
オリゴデンドロサイトを標的にした新たな治療戦略へ
筆頭著者のクレイグ博士は「これまでオリゴデンドロサイトは一貫して神経を支える"良い"細胞だと考えられてきましたが、加齢によって機能不全に陥り、むしろ認知機能の低下に寄与しうることを示せたのは驚くべき発見です」と述べています。責任著者のミロン博士も「高齢化が進む中で認知機能低下の割合は増加しているにもかかわらず、有効な治療法はまだありません。今回の研究は、認知機能を維持するための新しい治療戦略につながる可能性を示しています」とコメントしています。
研究チームは、多発性硬化症治療などですでに使われているNRF2活性化薬が、加齢に伴う認知機能低下に対しても応用できる可能性があるとみています。神経細胞そのものではなく、グリア細胞であるオリゴデンドロサイトを標的とする視点は、認知症研究における新たなアプローチとして注目されそうです。
