目も耳も持たない細菌の集団が、近くにいる生き物の“正体”を察知し、それを空間パターンとして描き出しているとしたら――そんな驚くべき現象を、米タフツ大学(Tufts University)のマイケル・レヴィン(Michael Levin)博士らの研究チームが報告しました。運動性を持つ枯草菌(Bacillus subtilis)の集団は、近くにカエルの胚や人工的に作られた生体ロボット「ゼノボット(Xenobot)」が存在すると、そのどちらであるかによって異なる空間パターンを形成することが明らかになりました。しかも、そのパターンを機械学習で解析すれば、細菌から離れた場所からでも「何がそこにいるか」を読み解くことができるといいます。この研究成果は、「Living multicellular systems induce decodable spatial patterns in bacterial collectives(生きた多細胞システムは細菌集団に解読可能な空間パターンを誘発する)」として、プレプリントサーバーbioRxivに2026年9月に公開されました。

生き物は互いの“気配”を感じ取っている

あらゆる生体システムは、化学物質やイオンの動き、代謝活動などを通じて絶えず周囲の環境を変化させています。しかし、ある生き物の存在が、まったく別の生物集団の作り出す空間パターンの中に、分散的かつ解読可能な形で「符号化」されうるのかどうかは、これまでほとんど分かっていませんでした。研究チームは、細菌という単純な生物の集団が、より複雑な多細胞システムの存在をどのように感知し、応答するのかを明らかにしようとしました。

枯草菌がゼノパス胚とゼノボットを「見分ける」

研究チームは、液体培養中で運動する枯草菌の集団に、アフリカツメガエル(Xenopus)の胚、あるいはカエルの細胞から作られた人工生命体ゼノボットを近づけ、その反応を観察しました。すると、放っておけば自律的なパターンを形成するはずの細菌集団が、これらの生体標的の存在によって方向転換し、標的を取り囲むように「誘引ハロー(attraction halo)」と呼ばれる集合パターンを形成することが分かりました。このハローは、標的が移動すると、まるで追跡するかのようにその位置を追い続けました。

さらに詳しく調べると、細胞外のカリウムイオン濃度がこの誘引反応を増幅させる鍵となっており、標的の存在が局所的なカリウムの動態を変化させ、それが細菌集団全体のパターンの複雑さと結びついていることも突き止められました。

AIが細菌の“模様”から正体を読み解く

研究チームが特に注目したのは、この空間パターンに含まれる情報量です。自己教師あり機械学習の手法を用いて細菌集団が形成するパターンを解析したところ、標的から離れた位置の細菌の配置だけを見ても、そこにいるのがカエルの胚なのかゼノボットなのかを予測できることが示されました。つまり、細菌集団全体が一種の分散型センサーとして機能し、周囲の生物学的な“情報”を空間パターンという形で記録していたことになります。

生物同士の知られざる対話

今回の発見は、細菌のような単純な生物であっても、周囲の多細胞生物の存在や種類を集団として感知し、応答できることを示す新しい証拠です。研究チームは、これが異なる「界」に属する生物同士の、これまで認識されていなかった相互作用の一例だと位置づけています。こうした知見は、形態形成(モルフォジェネシス)を一種の分散型情報処理システムとして捉え直す視点を提供するとともに、将来的には環境センシングやバイオコンピューティングといった応用分野にもヒントを与える可能性があります。

本研究は、タフツ大学Allen Discovery Centerのエレナ・セルゲーワ(Elena G. Sergeeva)氏を筆頭著者とし、ハーバード大学Wyss研究所、バーモント大学、カリフォルニア大学サンディエゴ校の研究者らが参加する国際共同研究として行われました。責任著者は、ゼノボット研究の第一人者として知られるタフツ大学のマイケル・レヴィン博士です。

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