1型糖尿病の新たな治療法—自己細胞を用いたインスリン産生の回復に成功

 1型糖尿病の管理は、多くの患者にとって 「綱渡りのようなバランス調整」 です。厳格なインスリン療法に依存しながら血糖値を維持する必要があり、既存の治療法では安定したコントロールが難しいケースも少なくありません。しかし、自己細胞を活用した革新的な治療法 が登場し、1型糖尿病の治療に革命をもたらす可能性が示されました。

2024年10月31日、学術誌『Cell』に掲載された研究(論文タイトル:「Transplantation of Chemically Induced Pluripotent Stem-Cell-Derived Islets Under Abdominal Anterior Rectus Sheath in a Type 1 Diabetes Patient」)では、中国・天津第一中心病院と南開大学医学部のシュセン・ワン博士(Shusen Wang, PhD)率いる研究チームが、自己細胞由来のインスリン産生細胞を移植することで、糖尿病患者のインスリン依存からの解放を目指しました。この治療法は、1型糖尿病のあり方を根本から変える可能性を秘めています。

 新しいアプローチ—遺伝子改変なしの幹細胞技術

この治療の核となるのは、化学的に誘導された多能性幹細胞(CiPSC: Chemically Induced Pluripotent Stem Cells) です。この技術では、患者自身の脂肪組織由来の細胞を 化学的手法で再プログラム化 し、インスリン産生細胞(膵島細胞)へと分化させます。

通常、膵島移植では ドナーから提供された細胞 が必要ですが、この方法では 自己由来の細胞 を使用するため、免疫拒絶反応や長期的な免疫抑制の必要性を回避 できるという大きな利点があります。また、遺伝子改変を伴わないため、安全性の面でも優れています。

移植された膵島細胞は、腹部前腹直筋鞘に配置されました。これは、従来の膵島移植が主に 肝門脈 に行われるのとは異なるアプローチです。この部位を選択した理由は、以下のような利点があるためです。

 

炎症反応や細胞喪失のリスクが低い

移植細胞の成熟と機能維持に適した環境

MRIや超音波による非侵襲的モニタリングが可能

問題が発生した場合、移植組織を容易に除去できる

これにより、より安全かつ管理しやすい移植法としての可能性が示されました。

 

劇的な変化を遂げた1人目の患者

この治療法の 最初の被験者 となったのは、1型糖尿病を長年患う 25歳の女性 でした。彼女は 2回の肝移植と1回の膵臓移植(その後、合併症により摘出) の経験があり、強化インスリン療法を行っていたにもかかわらず、重度の低血糖発作 に頻繁に見舞われていました。

しかし、CiPSC由来膵島細胞の移植後、彼女の血糖管理は劇的に改善 しました。

 

移植から75日後、インスリン注射が完全に不要に

血糖値が適正範囲内に維持される割合(Time-in-Range)が、43%(治療前)から98%に上昇

HbA1c(長期血糖コントロールの指標)が、糖尿病のない正常範囲に低下

1年間の経過観察期間中、血糖値の安定が持続

この結果は、1型糖尿病の完全寛解の可能性を示す画期的な成果 となりました。

 

なぜ「腹部前腹直筋鞘」なのか?

研究チームは、移植部位として 腹部前腹直筋鞘(anterior rectus sheath) を選択しました。これには、従来の移植法とは異なる いくつかの重要な理由 があります。

 

肝臓移植に伴う炎症や血流の影響を避ける

細胞が安定して機能できる適切な環境を提供

MRIや超音波での継続的な非侵襲的モニタリングが可能

移植組織のアクセスが容易で、必要に応じて取り出せる

特に、安全性の確保と長期的な観察を考慮すると、この部位は 実用的かつ臨床応用への展望が広がる選択肢 であると考えられます。

 

安全性とモニタリング—新たな医療基準へ

この1年間のフォローアップ期間において、移植細胞に関連する 副作用や異常な成長(腫瘍形成など)は一切確認されませんでした。また、MRIや超音波検査によって、移植された膵島細胞が サイズ・形状ともに安定して機能を維持している ことが確認されました。

特筆すべき点として、この移植法は万が一の事態に備えて、移植組織を安全に除去できる設計になっている ことも、臨床応用の観点から重要です。

 

今後の展望—1型糖尿病治療の新時代

本研究の結果は 極めて有望 ですが、まだ初期段階です。より多くの患者を対象とした 臨床試験の拡大 が求められます。また、免疫抑制を行わない患者に対する移植の安全性 や、長期的な耐久性の検証も必要です。

それでも、患者自身の細胞を用いた個別化医療 による インスリン独立 への可能性は、大きな一歩を示しました。1型糖尿病の治療は、従来の 「管理する」 という枠組みから、「根治に近づく」 ものへと進化しつつあります。

 

未来へのビジョン

この治療法が広く実用化されれば、世界中の1型糖尿病患者がインスリン注射から解放される可能性 があります。加えて、CiPSC技術の応用は糖尿病にとどまらず、他の疾患に対する個別化再生医療の発展にも寄与 するでしょう。

 糖尿病治療の未来は、細胞レベルでの再生能力を活かした個別化医療の時代 へと移行しつつあります。

 

画像:iStock photo

[Cell article]

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