外来昆虫による生態系への影響が、従来の想定を超えて拡大する可能性が示されました。ウィスコンシン大学マディソン校の研究チームは、スポンジ・モスと呼ばれる侵入昆虫が在来種の大型蛾に与える深刻な影響を明らかにしました。この研究は、外来種が直接的な競争をすることなく、間接的に在来種の生存を脅かす新たなメカニズムを解明した点で注目されています。
スポンジ・モスの脅威と研究の背景
スポンジ・モスの幼虫は、ヨーロッパから北米に持ち込まれた外来昆虫で、2000年代初頭からウィスコンシン州を中心にその食害が広がっています。この幼虫は春から夏にかけて活発に活動し、樹木の葉を次々と食べ尽くしていきます。その被害は時に森林全体を丸裸にするほどで、地域の生態系に壊滅的な影響を及ぼしています。スポンジ・モスの発生は周期的ですが、突如として大量発生することもあり、生態系に予測不可能な負担を与えています。
2021年、ウィスコンシン大学名誉昆虫学教授のリック・リンドロス博士(Rick Lindroth, PhD)は、大学のアーリントン農業研究ステーションで、自身が2010年に植えた研究用のアスペン(ヤマナラシ)林を訪れました。COVID-19パンデミックの影響で2020年のフィールド調査が中断されていたため、研究再開に期待が寄せられていました。しかし、現地を訪れると研究林一帯に無数のスポンジ・モスの卵塊が確認され、実験の進行が困難な状況に直面しました。
「卵塊が至るところにあり、侵入昆虫の数が多すぎて除去するのは不可能でした」とリンドロス博士は当時の状況を振り返ります。しかし、この予想外の状況を逆手に取り、研究チームは新たな実験計画を立てました。それは、スポンジ・モスによる被害が樹木の防御メカニズムや、それが生態系全体に与える影響を解明することに焦点を当てたものでした。
アスペンの化学防御メカニズムと在来種への影響
リンドロス博士のこれまでの研究では、樹木がどのようにして外敵に対抗する防御メカニズムを発動するのかを明らかにしてきました。特に、アスペンやその親類であるヤナギには、サリシンに類似した化学物質が含まれており、これが昆虫に対する強力な防御作用を持つことが知られています。スポンジ・モスによる大規模な葉の食害の後、アスペンは再び葉を生やし、生存を試みます。しかし、その再生した葉は通常の葉と比較して防御化学物質が8倍以上も含まれていることが確認されました。
この「防御の強化」は、在来種の生物にどのような影響を与えるのでしょうか。特に注目されたのが、北米で2番目に大きな蛾であるポリフェマス・モスの幼虫への影響です。研究チームは、スポンジ・モスの被害を受けたアスペンと、被害を受けていないアスペンから収穫した葉をそれぞれ用意し、それをポリフェマス・モスの幼虫に与える実験を行いました。その結果、スポンジ・モス被害後の高濃度の化学防御物質を含む葉を食べた幼虫の生存率は18%未満にとどまり、一方で未被害の葉を食べた幼虫の生存率はその約4倍に達しました。
「外来昆虫が直接的に接触することなく、在来種の生存に深刻な影響を与えていることが分かりました」とリンドロス博士は説明します。この研究は、外来種が植物の化学防御を変化させ、それが食物連鎖全体に波及する可能性を示した点でユニークです。
気候変動への影響と未来への示唆
さらに、研究ではアスペンが防御化学物質の生成にエネルギーを注ぐことで、樹木の成長が制限されることも確認されました。この現象は、森林が炭素を固定化し、気候変動を緩和する能力を弱める可能性があります。アスペンは北米で最も広く分布する樹木であり、その役割は極めて重要です。「アスペンが生み出す酸素は、私たちが吸う空気に含まれています。この研究は、外来昆虫が森林生態系に与える影響の広範さを示しています」とリンドロス博士は指摘します。
この研究成果は、2024年8月19日付で学術誌Ecology and Evolutionに掲載されました。論文タイトルは「Forest Defoliation by an Invasive Outbreak Insect: Catastrophic Consequences for a Charismatic Mega Moth(外来昆虫による森林の葉食:カリスマ的な大型蛾に与える壊滅的影響)」です。この研究は、外来昆虫が引き起こす予想外の生態系の変化を明らかにし、世界的な昆虫の減少問題に新たな視点を提供しています。
木の幹に大量発生したカイガラムシ。この侵略的な蛾の貪欲な幼虫は、樹木から葉を完全に奪ってしまう。(写真:Mark Zierden)
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