細胞が組織の中で「どこに」配置され、「誰と」対話しているのか——まるで細胞たちの人間模様を地図のように可視化できたら、病気のメカニズム解明はどれほど進むでしょうか? 近年、細胞の遺伝子レベルの働きを位置情報とともに読み解く空間トランスクリプトミクス技術が注目を集めていますが、特定の遺伝子の働きがその「場所」でどのような影響をもたらすのかを直接的に証明することは困難でした。しかし今回、その壁を打ち破る画期的なスクリーニング技術が開発されました。
Cell誌に掲載された研究論文「「Uncovering spatially resolved functional genomics with CRISPR screen sequencing(CRISPRスクリーニングシーケンシングによる空間分解機能ゲノミクスの解明)」」では、空間的な遺伝子機能の解析を可能にする新技術について報告されています。ハオルイ・ジャン (Haorui Zhang) 博士、ゾンシュ・ジャン (Zongxu Zhang) 博士、そしてゼシアン・ゼン (Zexian Zeng) 博士らの研究チームは、空間的CRISPRスクリーニングシーケンシング(SPAC-seq: spatial CRISPR screen sequencing)と呼ばれるハイスループットなプラットフォームと、空間的オミクスにおける摂動データの標的優先順位付けツールキット(TARDIS: target prioritization toolkit for perturbation data in spatial omics)と呼ばれる独自の統計解析ツールを開発しました。
空間情報と遺伝子機能を結びつけるSPAC-seqとTARDIS
従来のCRISPRスクリーニングは、細胞集団全体から遺伝子の機能を明らかにする強力なツールでしたが、細胞が組織内でどのような空間的表現型を示すかまでは捉えきれませんでした。SPAC-seqは、シングルガイドRNA(sgRNA: single guide RNA)のライブラリと全トランスクリプトーム(全転写産物)のプロファイルを組織の切片上で同時に捕捉することを可能にします。
さらに、研究チームが開発したTARDISは、得られた空間的な表現型の読み取り結果から、重要となる標的遺伝子を優先順位付けするための強力な計算ツールです。この2つの技術を組み合わせることで、遺伝子の変化(摂動)が、空間的な表現型やシグナル伝達経路にどのような影響を与えるかを直接結びつけることができるようになりました。
腫瘍の転移を促進する「免疫の隠れ家」の発見
研究チームは、このSPAC-seqとTARDISを用いて、腫瘍細胞の肺転移モデルを解析しました。その結果、腫瘍細胞における特定の遺伝子(Icam1)の喪失が、腫瘍微小環境(TME: tumor microenvironment)において免疫細胞を遠ざけ、マクロファージを抑制型へと極性化させることで、転移を促進する免疫抑制的なニッチ(空間的な居場所)を形成していることを突き止めました。Icam1はT細胞との相互作用に重要な分子ですが、これを失うことで腫瘍は巧妙に免疫監視から逃れていたのです。
T細胞の配置を操る「SPP1-CD44軸」
さらにチームは、腫瘍に浸潤するCD8陽性T細胞(細胞傷害性T細胞)の時空間的なスクリーニングを実施しました。その結果、T細胞の表面にあるCd44という受容体が、マクロファージが分泌するSpp1と相互作用することで、T細胞の空間的な配置や機能を制御していることを解明しました。CD44を欠損させたT細胞は、免疫抑制的なマクロファージとの関わりを断ち切ることで、ミトコンドリアの活性酸素種(ROS: reactive oxygen species)の蓄積を抑え、より強い抗腫瘍免疫を発揮することが実証されました。
また、シングルセルRNAシーケンシング(scRNA-seq: single-cell RNA sequencing)データなどを活用した分析により、転写因子とケモカイン受容体の軸が細胞の固有の状態と走化性(化学物質に向かって移動する性質)を結びつけているモデルも示されました。
多様な生物学・疾患研究への応用に向けて
ジャン博士とゼン博士らの研究が示すように、SPAC-seqとTARDISの組み合わせは、多様な生物学的背景や疾患のコンテキストにおいて、空間的に解像された機能ゲノミクスや制御経路を研究するための非常に効果的なフレームワークを提供します。がん免疫療法の新たな標的探索から、組織の発生プロセスの解明まで、この技術がもたらすブレイクスルーに今後も大きな期待が寄せられています。
https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674%2826%2900516-7
