従来の人間や動物の記憶保存の行動学的研究では、記憶保存をその時間的尺度によって明確に異なる2つの段階で分類している。一つはせいぜい分単位の短期的記憶で、一度の経験で生まれる。もう一つは何日も続く長期的記憶で、通常は繰り返し訓練しなければ形成されない。
Columbia University, Kavil Institute for Brain ScienceのDirectorとHoward Hughes Medical Instituteの上級研究員を務め、神経系の信号変換に関する発見で2000年ノーベル医学生理学賞を受賞したEric Kandel, M.D.は、初期の同僚との共同研究で、アメフラシの単純なエラ引き込み反射を使った、潜在的な記憶の形と考えられる「学習された恐怖」の研究でこの2つの行動記憶段階を詳しく説明した。この研究で、学習過程には細胞レベルの変化が伴っていることが明らかになった。学習の基礎はシナプスであり、学習によってシナプスの結合が強まる。
これらの研究で、短期記憶は既存タンパク質の共有結合による既存の結合の一時的なシナプス促通に仲介されており、これに対して、長期記憶は転写とシナプス成長によって仲介される持続的な促通によるものであることが突き止められた。アメフラシの短期的促通を長期的促通に変換し、長期記憶に変える重要な転写スイッチは、CREB-2の抑制的な働きを取り除き、CREB-1を活性化する機能が仲介している。小分子RNAが転写制御や転写後の遺伝子発現調節に重要な役割を果たしていることから、Dr. Kandelと研究グループは、この基幹転写スイッチが記憶を短期的なものから長期的なものに変換する機能をも調節しているのではないかと考えた。
Dr. Kandelの研究グループは、他の共同研究者とともに、アメフラシの小分子RNAのプロファイルを作成し、170種類のmiRNAを特定した。そのうちの9種類は中枢神経系内で増強されていた。また、数種類は短時間セロトニンにさらされただけで急速に減少した。脳固有のmiRNAの中でも最も豊富に存在し、またよく保たれているmiR-124は、感覚ニューロン中にのみシナプス前的に存在し、そこでCREB-1 mRNAを阻害している。学習中に放出される調節性伝達物質のセロトニンは、miR-124を阻害することで、長期記憶転写活性作用のあるCREB-1の翻訳を促す。
Dr. Kandelと共同研究者は、小分子RNAのプロファイル作成中に比較的新しいカテゴリーの小分子RNAであるpiRNA (piwi相互作用RNA; piwiタンパクは調節性タンパクの1カテゴリー) を発見した。このpiRNAは、それまで胚細胞固有のものと思われていた。また、このようなニューロンpiRNAは、優性な核局在性とセロトニンに対する強い感受性が見られた。セロトニンに対する反応として、特定piRNA, piRNA-Fの量が増え、CREB-2プロモーターのメチル化とサイレンシングが起きた。CREB-2は、CREB-1を抑制し、記憶を制約する主要阻害物質であり、そのCREB-2をメチル化することでCREB-1の活性化が持続し、したがって長期記憶が形成されることになる。セロトニンは、piRNAとmiRNAとに対する双方向の調節作用があり、piRNA-F量が増えるとCREB-2のサイレンシングが起き、一方、miR-124量が減るとCREB-1が活性化され、そこから小分子RNAに仲介された遺伝子の協調的調整メカニズムが発動され、細胞核と細胞質のmRNAの双方に作用し、CREB-1が24時間以上も活性状態になる。このような働きにより、感覚ニューロンに長期的に安定した変化が起き、長期記憶保存がさらに強固になる。Dr. Kandelは、「piRNAは胚細胞にのみ存在するものと思われていたから、脳からpiRNAが見つかったことはちょっとした驚きだった」と述べている。ニューロンにpiRNAが豊富に存在することと、piRNAがニューロン修飾物質に反応することなどは、piRNAにはこれまで考えられていた以上に幅広い役割があることを示している。
もっと広い意味で見れば、このデータは、長期記憶保存の基礎になっている遺伝子発現のエピジェネティック調節のこれまで知られていなかったメカニズムを示していることになる。エピジェネティック調節は、発生から分化の過程で起きるということは広く知られていることだが、成人の脳の学習関連機能にエピジェネティクスが関わっていることが知られるようになったのは比較的最近のことである。しかし、ターゲットに合わせた形でエピジェネティック因子を関わらせるメカニズムについてはまだよく分かっておらず、また、クロマチン修飾と転写制御を導く小分子RNAの役割ということを初めて提起したのは分裂酵母に関する研究だった。このような過去の研究を含めた大きな文脈の中で見た場合、この研究成果は、特定ローサイのDNAメチル化を起こすのは活動依存的なpiRNAが仲介するメカニズムで、一時的な信号を長期的なシナプスの変化に翻訳し、記憶保存の基礎になっていることを示している。
Dr. Kandelの研究論文は、2013年11月11日にNeuroscience 2013の会議で発表された。30,000人の研究者がこの会議に出席した。
■原著へのリンクは英語版をご覧ください: Nobel Prize Winner Says MicroRNAs and piRNAs Influence the Coordinated Regulation of Transcription in the Nucleus, and Translation at the Synapse—Neuroscience 2013



