California Inatitute of Technologyの研究チームは、「アルギニン・バソプレシン」と呼ばれるホルモンは、これまで動物の一夫一妻的生殖行動や同種個体に対する攻撃性などと関係があるとされていたが、ヒトの場合には危険な状況で協力関係を強化する作用があると述べている。
2016年2月8日付のPNASオンライン版に掲載されたこの研究成果は、集団が有益な目的に向けて協力するように用いることができる可能性を示している。


この論文は「Vasopressin Increases Human Risky Cooperative Behavior (バソプレシンがヒトのリスキーな協力行動を強化)」と題されている。齧歯類での研究で、アルギニン・バソプレシン (AVP) というホルモンは、オスメスのつがいの一夫一妻的結びつきや親としての行動を強化するが、オスでは攻撃性を強めることが突き止められている。
この論文の共同著者でCal TechのRobert Kirby Professor of Behavioral Economicsを務めるColin Camerer, Ph.D.は、「一夫一妻制のマイナス面として、AVPで興奮したオスは、侵入者に対してより攻撃的になる傾向が見られる」と述べている。

しかし、この新しい研究では、Dr. Camererと研究チームは、「AVPは人間の社会的絆にも役割を果たしており、互いに協力するという人間の性質もそれで説明できるのではないか」という仮説を試した。


Dr. Camererは、「サルではなく、ヒトが地上を支配できた理由の一つは、互いに非常に信頼しなければ不可能なことをやれるからだ。ヒトは大きな集団でも協力し合える。としても、そのような性質はどこから来たのか? それはオスメス一対の絆が広がっただけではないのか? もしそうだとしたらAVPはどのような役割を果たしているのか?」と述べている。そのような疑問を解明するため、Dr. Camererの研究チームは、19歳から32歳までの59人の男性ボランティア被験者に、AVPを含んだ鼻スプレーとホルモンをまったく含まない偽薬鼻スプレーを投与した。
その上で、被験者を2人一組にして、コンピュータで、「アシュアランス(確信)」ゲームと呼ばれるタイプのゲームをさせた。このゲームでは、プレヤーは互いに相手と協力するかどうかを決めなければならず、ゲームが「アシュアランス」と呼ばれるのも、プレヤーが、相手も確かに自分と協力するだろうと確信した時にはリスクの大きい行動を取ることになるからである。このゲームではプレヤーが互いに協力した場合には、協力しなかった場合よりも高い得点が得られる。しかし、一人が協力しないと決め、相手が協力すると決めた場合、協力しないプレヤーは中間程度の得点を得るが、協力すると決めたプレヤーは何の得点も得られない。

Dr. Camererは、「みんなが協力すると確信できた場合にだけ自分も協力する気になるという状況を模している。チーム・プロジェクトに参加するとか、敵に向かって突進する兵士のグループを想像すればいい。臨界量を超える人数が協力するなら、他の者も協力すべきだ。つまり、十分な数の者が協力する場合にのみ協力するのが個人にとって最大の利益ということになる」と述べている。プレヤーが本気になるよう、ゲームの後で集まった得点を現金に換えられるようにした (通常$20程度)。この実験で、ゲームの前にAVPを投与された被験者は、偽薬を投与された被験者よりもはるかに協力する率が高かった。

Dr. Camerer研究室の大学院生で、この研究論文の共同著者でもあるGideon Naveは、「人間の脳の特定ホルモン系を標的にして、被験者を協力的に変え、ゲームの成績を上げることができた」と述べている。研究チームは、対照実験を採用することで、被験者が協力的になったことの他の可能性を排除した。たとえば、AVPが被験者をリスク嗜好にすることも考えられる。あるいは、投与したホルモンが被験者の博愛傾向を増幅し、自分に対するリスクを考えず、他の者を助けようとするようになったという可能性もある。Dr. Camererは、「被験者に、見知らぬ人に金を与えたいか? と尋ねると、誰でも、与えたくないと答える、ということは、AVPは、リスキーな協力関係を敢えて取らせるというきわめて特殊な効果を持っていると考えられる」と述べている。

このようなリスキーな協力関係を選ばせるAVPの影響を神経メカニズムのレベルで解明するため、研究チームは、同じ実験を、今度は前回とは異なる男性34人を被験者として繰り返した。ただし、今回は機能的磁気共鳴画像法 (fMRI) スキャナーを用いて脳の画像を撮りながらおこなった。脳内で、報酬を予測する腹側淡蒼球という領域にはAVP受容体がたくさん存在することは分かっているが、AVPを投与した後、プレヤーが相手との協力を決めると、スキャン画像でその部分の神経活動の変化が示された。

Dr. Camererは、「脳のAVP受容体の豊富な領域がAVPホルモンで活性化されることが示されたというのは非常に期待の持てる現象だ」と述べている。AVPが、リスキーな協力関係を増進させるという研究結果は、実際的な用途があるのだろうか、また、例えばグループ内で信頼関係を強化し、協力関係を増強するために利用することができるのだろうか? おそらく可能だろう。

Dr. Camererは、「敢えて大きな危険を冒さないと勝利も得られない軍事作戦のような例を考えると、困難な作業をやり遂げるためには全員が互いに信頼し合わなければならず、もし誰かが怖じ気づいて逃げると失敗に終わる。そのような場合、全員にAVPを投与し、協力し合うようにすることもできる」と述べている。

Dr. Camerer、Mr. Naveの他、この研究論文の共同著者として、ドイツ連邦のUniversity of MagdeburgのClaudia Brunnlieb、Stephan Schosser、Bodo Vogt各氏、同University of LubeckのThomas Munte、Marcus Heldmannの両氏が名を連ねている。

原著へのリンクは英語版をご覧ください
Social Hormone Vasopressin Promotes Cooperation in Risky Situations, Cal Tech Study Shows

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