がんに対するmRNAワクチンの効果を底上げする新しいアジュバント(免疫増強剤)技術が、中国・北京大学(Peking University)の研究チームによって開発されました。鍵となったのは「タイミングのずらし方」。抗原とアジュバントを同時に投与すると、かえって効果が弱まってしまうという長年のジレンマを、STING(Stimulator of Interferon Genes: インターフェロン遺伝子刺激因子)の"遅延起動"というアイデアで乗り越えたのです。STINGは自然免疫を活性化させる重要な分子で、がんワクチンのアジュバントとして注目されてきました。ところが実際にmRNAワクチンへ組み込もうとすると、2つの壁にぶつかります。ひとつは、STINGが体内の幅広い種類の細胞に発現しているため、狙った免疫細胞以外まで活性化させてしまうこと。もうひとつは、STINGアゴニスト(活性化剤)を抗原mRNAと同時に投与すると、その強い自然免疫応答が抗原タンパク質の翻訳(mRNAからタンパク質を作るプロセス)そのものを妨げてしまうことです。

研究チームは、この2つの課題を同時に解決する脂質ナノ粒子(LNP: Lipid Nanoparticle)「Syn-STING(Synchronized STING)」を開発しました。この粒子には、①抗原をコードするmRNA、②STINGの全長膜貫通型タンパク質をコードするmRNA、③生体直交型(bioorthogonal-like)の遅延放出設計を施したSTING活性化剤DMXAAの3つが同時に搭載されています。

DMXAAは生分解性リンカー(結合分子)を介して粒子に結合しており、エステラーゼ(脂質分解酵素)による分解を経てから徐々に放出される仕組みです。これにより、まず抗原mRNAの翻訳が先に進み、そのあとでSTINGが活性化するという「時間差」が生まれます。

さらにこのLNPは骨髄系細胞(マクロファージや樹状細胞など、抗原提示を担う免疫細胞)に優先的に取り込まれる性質を持つため、STINGの活性化を抗原提示細胞の局所にとどめることができます。その結果、全身性の制御性B細胞(免疫応答を抑制する働きを持つB細胞)の分化や、免疫細胞のアポトーシス(細胞死)といった副作用的な現象を防ぐことができました。

研究チームは、ヒト化STINGマウス(ヒトのSTING遺伝子を導入したマウスモデル)を用いて、HPV由来のE7抗原やオボアルブミン抗原を使った腫瘍モデルでこの技術を検証しました。その結果、腫瘍内または皮下への投与により、強いTh1型(1型ヘルパーT細胞優位の)T細胞免疫が誘導され、腫瘍の増殖抑制と生存期間の延長が確認されました。また、STINGタンパク質自体に対する免疫応答(抗STING抗体など)はごくわずかにとどまり、安全性の面でも良好な結果が示されています。

この研究は、STINGアゴニストをmRNAワクチンのアジュバントとして実用化する上で長年障壁となっていた「広範な発現」と「翻訳抑制」という2つの課題を、時間的・空間的な制御によって克服した点に大きな意義があります。次世代のがん免疫療法プラットフォームとして、今後の臨床応用への展開が期待されます。

本研究は、北京大学(Peking University)薬学院のレイ・ミャオ(Lei Miao)博士らを責任著者とする研究チームによって行われ、学術誌Nature Biotechnologyに掲載されました。

論文情報:「Enhanced antitumor immunity of mRNA vaccines by bioorthogonal-like delayed activation of exogeneous STING(生体直交型の外因性STING遅延活性化によるmRNAワクチンの抗腫瘍免疫増強)」Nature Biotechnology, 2026年8月19日掲載。DOI: 10.1038/s41587-026-03224-y

[Nature Biotechnology article]

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