脳腫瘍の中でも特に治療が難しい神経膠腫(グリオーマ: glioma)が、周囲の正常な神経細胞を"興奮させる"ことで、自らの成長を加速させている——そんな驚きのメカニズムを解き明かした研究が、科学誌『Cell』に発表されました。腫瘍が、ある先天性代謝異常症の患者の脳内で起きている現象をそっくり模倣するかのように、特殊な代謝物を異常に蓄積・分泌し、神経細胞を興奮状態に導いていたというのです。
米国ノースウェル・ヘルス(Northwell Health)のカリル・G・アブダラ(Kalil G. Abdullah)博士らの研究チームは、ヒトの高悪性度グリオーマ(acronym: HGG: high-grade glioma)組織と対照脳組織を比較するメタボロミクス(代謝物の網羅的解析)を実施し、論文「Gliomas phenocopy an inborn error of metabolism to drive neuronal activity and tumor growth(グリオーマは先天性代謝異常を模倣し、神経活動と腫瘍成長を促進する)」として研究成果を報告しました。
「クレアチン合成経路」の異常という意外な着眼点
研究チームが注目したのは、クレアチン(creatine)という物質が体内で作られる際の中間代謝物「グアニジノ酢酸(acronym: GAA: guanidinoacetate)」です。GAAは通常、AGAT(arginine:glycine amidinotransferase)という酵素によって作られた後、GAMT(guanidinoacetate methyltransferase)という酵素によってすぐにクレアチンへと変換されます。
ところが、GAMT遺伝子に先天的な異常があり酵素が機能しない「GAMT欠損症」という先天性代謝異常症の患者では、GAAが変換されずに脳内に蓄積し、てんかん発作など神経の過剰興奮を伴う症状を引き起こすことが知られています。研究チームは、グリオーマもこれと似た状態を自ら作り出しているのではないかと考えました。
グリオーマはGAAを「作るが使わない」
解析の結果、ヒトの高悪性度グリオーマ組織では、対照の脳組織と比べてGAAが約100倍という驚くべき量で蓄積していることが判明しました。詳しく調べると、グリオーマ細胞はAGAT・GAMTという酵素の発現バランスが崩れており、GAAを作る反応は活発に進む一方で、それをクレアチンに変換する反応がうまく働いていないことが分かりました。つまり、グリオーマ細胞はGAAを自分では使わずに、周囲へ分泌していたのです。
さらに電気生理学的な解析から、分泌されたGAAが神経細胞表面のGABA-A受容体(acronym: GABAA receptor: gamma-aminobutyric acid type A receptor)を活性化させることが明らかになりました。グリオーマの周辺にある神経細胞では、塩化物イオンの恒常性が乱れているため、本来は神経を落ち着かせるはずのGABA-A受容体の活性化が逆に「脱分極」、つまり神経の興奮を引き起こしてしまいます。こうして過剰に興奮した神経活動が、腫瘍とのシグナルのやり取り(神経-グリオーマ相互作用)を強め、腫瘍の攻撃性をさらに高めるという悪循環が生まれていました。
GAAを取り除くと腫瘍の勢いが弱まる
この悪循環が本当にGAAによって引き起こされているのかを確かめるため、研究チームは患者由来のモデルやマウスの脳内移植モデルを用いて、腫瘍由来のGAAを薬理学的・遺伝学的に減少させる実験を行いました。すると、周辺神経の電気的な過活動が収まるとともに、神経とグリオーマの相互作用が弱まり、腫瘍の成長そのものが抑制されることが確認されました。
この成果は、がんの代謝異常とがんが神経系を利用して増殖する「がん神経科学(cancer neuroscience)」という2つの研究領域を、具体的な分子メカニズムで初めて結びつけたものです。先天性代謝異常症という、一見グリオーマとは縁のない疾患の知見が、脳腫瘍研究の新たなブレイクスルーにつながった点も注目されます。
今後の展望
研究チームは、GAAの合成を担う酵素(特にAGATやGAMT)、またはGAAが作用するGABA-A受容体を標的とする薬剤によって、グリオーマの成長を抑えたり、腫瘍周辺で起こりやすいてんかん発作などの神経症状を和らげたりできる可能性があるとしています。本研究はUT Southwestern Medical Center、University of Pittsburgh、Stanford大学、UCSFなど複数の研究機関が参加した国際共同研究であり、今後はこの代謝経路を標的とした治療戦略の開発が期待されます。
Gliomas phenocopy an inborn error of metabolism to drive neuronal activity and tumor growth - Cell
