年を重ねるにつれて、「最近、物忘れが多くなったな」と感じることはありませんか?実は、その原因は脳そのものではなく、私たちの「お腹の中」にあるのかもしれません。最新の研究により、腸内細菌の変化と腸から脳へのシグナル伝達の低下が、加齢に伴う記憶力低下の引き金になっていることが明らかになりました。

学術誌に掲載された新しい研究論文「「Intestinal interoceptive dysfunction drives age-associated cognitive decline(腸の固有感覚機能障害が加齢に伴う認知機能低下を引き起こす)」」において、ティモシー・O・コックス(Timothy O. Cox)博士やクリストフ・A・タイス(Christoph A. Thaiss)博士らの研究チームは、腸内細菌の加齢がどのように認知機能の低下をもたらすのか、その詳細なメカニズムを解明しました。

加齢に伴う記憶力の低下は、多くの高齢者の生活の質に大きな影響を与えますが、その現れ方には極めて大きな個人差があります。近年、消化管からのシグナルなど、脳以外の要因が認知機能低下に影響を与えることがターゲットとして注目されていましたが、その根底にある仕組みはほとんど分かっていませんでした。

コックス博士らは、マウスの一生にわたる腸内細菌叢の変化とその機能的影響を高解像度でマッピングしました。その結果、加齢に伴い特定の腸内細菌、特にパラバクテロイデス・ゴールドステイニ(Parabacteroides goldsteinii)と呼ばれる細菌が蓄積することが分かりました。この細菌は、中鎖脂肪酸(MCFA: Medium-chain fatty acid)という代謝物を産生します。

腸内で増加した中鎖脂肪酸(MCFA: Medium-chain fatty acid)は、末梢の骨髄系細胞にあるGタンパク質共役受容体84(GPR84: G protein-coupled receptor 84)と呼ばれるシグナル伝達を介して、炎症を引き起こします。この炎症により、腫瘍壊死因子(TNF: Tumor necrosis factor)やインターロイキン-1β(IL-1β: Interleukin-1 beta)などの炎症性サイトカインが関与してきます。

この結果として、腸から脳へ情報を伝える迷走神経の求心性ニューロンの機能が損なわれ、脳が受け取る固有感覚(内臓感覚)のシグナルが弱まってしまいます。そして、新しい情報を記憶として保存するための海馬の神経活動が低下し、記憶のエンコーディングが失われることが明らかになりました。

興味深いことに、タイス博士のチームは、この経路を利用して老齢マウスの記憶力を向上させる介入方法も定義しました。例えば、ファージを用いてパラバクテロイデス属の細菌を標的にする方法や、Gタンパク質共役受容体84(GPR84: G protein-coupled receptor 84)の阻害、あるいは迷走神経の活動を回復させる手法などが有効であることが示されました。

今回の研究結果は、脳の老化において固有感覚の機能障害が重要な役割を果たしていることを示しています。今後、腸から脳へのコミュニケーションを刺激するような新しい介入アプローチが、加齢に伴う認知機能低下に対抗する手段となる可能性を示唆しています。私たちのお腹の中には、若々しい脳を保つための鍵が隠されていると言えそうです。

https://www.nature.com/articles/s41586-026-10191-6

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