脳の「待ち時間」を解き明かす新技術:連続する思考の裏側にある神経メカニズムとは?

私たちは日常生活の中で、次に何が起こるかを予測し、準備しながら行動しています。例えば、信号が青に変わるのを待つ瞬間や、飛んでくるボールをキャッチしようと構える時、私たちの脳内では一体何が起きているのでしょうか。

従来の脳活動解析では、一瞬の反応を切り取って見ることしかできず、こうした「持続する思考の流れ」を捉えるのは困難でした。しかし今回、ロンドン大学クイーン・スクエア神経学研究所のアンドリュー・D・レヴィ博士(Andrew D Levy)、ピーター・ゼイドマン博士(Peter Zeidman)、そしてカール・フリストン博士(Karl Friston)らの研究チームは、脳の連続的な変化を精緻にモデル化する画期的な手法を開発しました。

 

連続する反応をモデル化する「DCM-SR」の登場

研究チームが発表した論文「「Time-Varying Dynamic Causal Modelling for Sequential Responses: Neural Mechanisms of Slow Cortical Potentials, Preparation, Planning and Beyond(連続反応のための時変的動的因果モデル:緩徐皮質電位、準備、計画、およびその先の神経メカニズム)」」では、新しい計算枠組みである順序反応のための動的因果モデル(DCM-SR: Dynamic Causal Modelling for Sequential Responses)が紹介されています 。

従来の動的因果モデル(DCM: Dynamic Causal Modelling)は、脳のネットワーク内の「有効接続性(effective connectivity)」を推定するのに非常に有用でしたが、パラメータが一定であると仮定する制約がありました 。しかし、意思決定やワーキングメモリといったプロセスは、ミリ秒単位の急速な活動と、数秒以上にわたる緩やかな生理学的変化が複雑に絡み合っています 。

レヴィ博士らは、データを細切れにするのではなく、連続的な状態空間として扱うことで、過去の活動が現在に影響を及ぼす「履歴依存性(hysteresis)」を維持したまま、脳内のネットワークが刻々と再構成される様子を再現することに成功しました 。

 

「期待」の正体を突き止める:CNVの発生源

研究チームは、この手法を「聴覚ゴー/ノーゴー課題」のデータに適用しました。この課題では、合図を聞いてからターゲットが出るまで待機し、条件に応じて反応する(ゴー)か、抑制する(ノーゴー)かが求められます 。

特に注目されたのは、待機中に現れる**緩徐皮質電位(SCP: Slow Cortical Potentials)の一種である随伴陰性変動(CNV: Contingent Negative Variation)**です 。60年以上前に発見されたこの脳波成分は、「準備」や「期待」を反映するとされてきましたが、その具体的な発生メカニズムについては議論が続いていました 。

DCM-SRによる解析の結果、以下の驚くべき事実が明らかになりました:

  • CNVは、視床から前頭前野への持続的な入力と、皮質の深層にある細胞の過分極(活動の抑制)によって生じていることが示されました 。
  • これは、従来の「浅層の脱分極(興奮)」が主因であるという説を覆し、深層の神経活動が重要な役割を果たしていることを示唆しています 。
  • また、運動を抑制する際には、前頭前野と**大脳基底核(basal ganglia)**を結ぶ「ハイパーダイレクト経路」の活動が強まり、不適切な動きを瞬時にブロックしている様子も捉えられました 。

 

認知神経科学の新たな地平

この研究の意義について、フリストン博士らは、動物実験のような侵襲的な方法でしか見ることのできなかった複雑なダイナミクスを、ヒトの非侵襲的な脳波測定から推定できるようになった点にあると述べています 。

この技術は、意思決定、計画立案、そして情報の保持といった、私たちが人間らしく振る舞うための高度な認知機能の理解を飛躍的に進める可能性を秘めています 。脳がどのように「時間」を扱い、未来の行動を組み立てているのか。その謎を解く鍵が、今まさに握られようとしています。

 https://www.biorxiv.org/content/10.64898/2026.03.24.714008v1

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