ミトコンドリアは細胞の恒常性維持において極めて重要な細胞小器官であり、ATP産生、活性酸素種(ROS: reactive oxygen species)の制御、Ca2+シグナリングなどのプロセスを調節しています。特にミトコンドリア内のCa2+は、生理的機能(代謝やATP合成)を可能にする一方で、調節が破綻するとアポトーシス(細胞死)や酸化ストレスといった病理的プロセスにも関与するという二面性を持っています。ミトコンドリア内Ca2+のバランスは、取り込みと排出のメカニズムの相互作用によって維持されています。Ca2+の流入に関与するミトコンドリアCa2+ユニポーター複合体(MCU: mitochondrial calcium uniporter)や、Ca2+の排出を担うNa+/Ca2+交換輸送体(NCLX: Na+/Ca2+ exchanger)といった主要な分子が関与しています。さらに、ミトコンドリアと小胞体との接触部位(MERCS: mitochondria-endoplasmic reticulum contact sites)も、Ca2+の移動を促進する上で重要な役割を果たします。

このシステムのいずれかのレベルで調節異常が起きると、例えば過剰な取り込みや排出機能の障害が発生し、ミトコンドリアCa2+の過剰蓄積を引き起こします。これにより、ROSの産生、ミトコンドリア膜電位の喪失、透過性遷移孔(mPTP: mitochondrial permeability transition pore)の活性化が誘発され、最終的には細胞死へとつながります。

中国科学院の研究者ら(KeAiジャーナル『Mitochondrial Communications』2025年1月14日掲載)は、ミトコンドリアCa2+の恒常性破綻が神経変性疾患に果たす役割について概説した総説「Decoding the Influence of Mitochondrial Ca2+ Regulation on Neurodegenerative Disease Progression(神経変性疾患の進行におけるミトコンドリアCa2+調節の影響を解読する)」を発表しました。

アルツハイマー病(AD)では、アミロイドβ(Aβ)がMCUを介したCa2+取り込みを促進し、NCLXによる排出を阻害することで、ミトコンドリアCa2+の恒常性を乱します。これにより、ROSの蓄積、エネルギー枯渇、神経細胞死が引き起こされます。さらに、MERCSの異常が小胞体とミトコンドリア間のCa2+輸送を増加させ、この病態をさらに悪化させます。

パーキンソン病(PD)では、α-シヌクレイン(α-synuclein)の凝集がMERCSを障害し、小胞体からミトコンドリアへのCa2+輸送が阻害されます。また、DJ-1遺伝子の変異は抗酸化能力を低下させ、酸化ストレスを悪化させます。

筋萎縮性側索硬化症(ALS、ルー・ゲーリッグ病)では、TAR DNA結合タンパク質43(TDP-43)、スーパーオキシドジスムターゼ1(SOD1)、C9orf72など、ALSに関連する複数の遺伝子に変異が確認されており、これらのタンパク質がミトコンドリアと物理的に相互作用し、ミトコンドリア機能の維持に重要な役割を果たしています。

一方、ハンチントン病(HD)は、ハンチンチン(HTT)遺伝子におけるCAGリピートの伸長により、変異型ハンチンチン(mHTT)タンパク質が産生されることで発症します。HDにおいては、mHTTがIP3RおよびNMDA受容体の感受性を高めることで、細胞質およびミトコンドリアCa2+シグナリングを異常化させ、ミトコンドリア機能障害を引き起こします。

脊髄小脳失調症(SCA)は、ATXN2やATXN3などの遺伝子におけるポリグルタミン繰り返し配列の伸長によって引き起こされる遺伝性の神経変性疾患群です。変異タンパク質はIP3Rを介した小胞体からのCa2+放出を増加させ、それによりミトコンドリアへのCa2+取り込みが過剰になり、排出も障害されます。

この総説は、2025年1月14日にKeAiのジャーナル『Mitochondrial Communications』に掲載され、「Decoding the Influence of Mitochondrial Ca2+ Regulation on Neurodegenerative Disease Progression(神経変性疾患の進行におけるミトコンドリアCa2+調節の影響を解読する)」というタイトルで発表されました。本稿では、ミトコンドリアCa2+調節因子を標的とした潜在的な治療介入の可能性についても議論されています。具体的な戦略としては、MCUおよびNCLXの活性の調節、MERCSの安定化、ミトコンドリアCa2+過負荷を防ぐ化合物の開発などが挙げられています。たとえば、MCU阻害剤やミトコンドリア透過性遷移孔(mPTP: mitochondrial permeability transition pore)を安定化させる化合物は、前臨床モデルにおいて有望な結果を示しています。

責任著者のティエ・シャン・タン氏(Tie-Shan Tang)は次のように述べています。「この総説では、生理的および病理的状況の両方におけるCa2+mitoの役割に焦点を当てました。MCU複合体、NCLX、またはMERCSの特定部分を標的とする薬剤を開発することは容易ではありません。そのため、健康な組織を損なうことなく、必要な部位でのみミトコンドリアCa2+レベルに影響を与えるための十分な情報が必要です。」


[News release] [Mitochondrial Communications review]

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