見た目は全く違っても、中身は意外と似ている……。私たち人間とパン作りでおなじみの「酵母」には、そんな不思議な共通点があることをご存じでしょうか?実は、私たちのゲノムを深く読み解いていくと、驚くほど似通った仕組みが見えてきます。その秘密は、約20億年前に存在した真核生物の最後の共通祖先(LECA: last eukaryotic common ancestor)にあります。この単細胞生物が絶滅する前に、現代の人間と特定の酵母が今も頼りにしている重要なタンパク質「ダイサー(Dicer)」を子孫へと受け継いだのです。

 コールド・スプリング・ハーバー研究所(CSHL)のロブ・マーティンセン博士(Rob Martienssen, PhD)は、「ダイサーは非常に古くから存在するタンパク質です」と説明します。「ダイサーがRNAとどのように直接相互作用するのか、そのメカニズムはよく解明されています。しかし、ゲノム全体の中でダイサーがどのように機能し、それがゲノムの安定性にどう影響するのかについては、今も研究が続いています」

 2014年、マーティンセン博士のチームは、RNAポリメラーゼによるDNAの転写(T: transcription)(RNAを作るプロセス)と、DNAポリメラーゼによるDNAの複製(R: replication)(DNAをコピーするプロセス)の間に起こる衝突を、ダイサーが解消していることを発見しました。

この「転写・複製衝突(T-R collisions)」が起こると、「Rループ」と呼ばれるRNAとDNAのハイブリッド構造が形成されてしまいます。この構造は転写と複製の両方のプロセスを邪魔し、DNAの損傷やがんの原因になる可能性があるのです。以前は、人間や酵母がこの衝突を掃除するには「RNase H」という酵素さえあれば十分だと考えられていました。しかし今回、チームはRNase Hとダイサーの両方が必要であることを突き止めたのです。

「転写と複製の衝突が起きるのは、いわば『壊れたジッパー』のような状態です」とマーティンセン博士は例えます。「細胞は衝突箇所の反対側からジッパーを閉めることで対処できますが、もし障害物であるRループそのものを取り除けなければ、深刻な問題になります。私たちは、ダイサーが衝突中にRNAポリメラーゼを一時停止させ、修復プロセスが追いつくための時間を作っていることを発見しました。ダイサーがないと修復は行われるものの、突然変異やがん、その他の問題を引き起こしてしまうのです」

人間の場合、RNAポリメラーゼを一時停止させるには「インテグレーター複合体」というタンパク質の構造体が関わっています。しかし、酵母はダイサーのみに頼っています。研究室で酵母のダイサーを機能させないようにしたところ、転写・複製衝突が次々と積み重なっていきました。さらにチームを驚かせたのは、ダイサーがない状態では、関連するタンパク質であるアルゴノート(Ago: Argonaute)が悪影響を及ぼしていたことです。 

「アルゴノート(Ago)もダイサーと同じように機能すると予想していましたが、実際には正反対の動きをしていました。これは驚くべきことです。通常、アルゴノートはダイサーが生成した小さなRNAと結合します。しかし、ダイサーを除去するとそれらの小さなRNAは存在しなくなります。すると、アルゴノートが代わりにRループ由来の小さなRNAを取り込んでしまい、それが問題の一部となっている可能性があることがわかったのです」

 マーティンセン博士の研究室によるこの新しい知見は、2025年10月28日付の『Molecular Cell』誌に掲載されました。オープンアクセス記事のタイトルは、「Transcription-Replication Conflict Resolution by Nuclear RNA Interference(核内RNA干渉による転写・複製衝突の解消)」です。

 マーティンセン博士の研究室は、ゲノムの維持におけるダイサーの役割を完全に解明することを目指しています。「私たちはこれまで、ダイサーを免疫系の一部のようなものだと考えてきました。しかし、ダイサーが転写と複製の制御という起源から進化したことは明らかです」と彼は語ります。「この事実は、私たちがダイサーをどう捉えるか、そして生命そのものの根本的なプロセスをどう理解するかに、深い意味をもたらすでしょう」

この記事は、CSHLのコミュニケーション・スペシャリストであるニック・ワーム氏(Nick Wurm)によるプレスリリースに基づいています。

[News release] [Molecular Cell article]

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