ヒトの染色体では、DNAがタンパク質で覆われ、非常に長いビーズのようなひも状になっている。この「ひも」は、細胞が遺伝子発現を制御したり、DNAの修復を促進したりするなどの機能を持ち、多数のループに折り重なっていることが知られている。MITの新しい研究によると、これらのループはこれまで考えられていたよりも非常に動的であり、寿命も短いことが示唆された。今回の研究では、研究チームは生きた細胞内のゲノムの動きを約2時間にわたって観察することができた。その結果、ゲノムが完全にループしている時間は全体の3〜6%に過ぎず、ループは10〜30分程度しか持続しないことが判明した。
2022年4月14日にサイエンス誌に掲載されたこの論文は「CTCFとコヒーシンを介したクロマチンループのダイナミクス、ライブセルイメージングによって明らかに(Dynamics of CTCF- and Cohesin-Mediated Chromatin Looping Revealed by Live-Cell Imaging)」と題されている。
この結果は、ループが遺伝子発現に及ぼす影響に関する科学者の理解を修正する必要があることを示唆していると、この研究者らは述べている。「この分野の多くのモデルは、静的なループがこれらのプロセスを制御しているという図式だった。今回の論文は、この図式が実は正しくないことを示している。これらのドメインの機能状態は、もっとダイナミックであることを示唆している。」と、MIT生物工学部の助教授であるアンデルス・セイル・ハンセン博士は語っている。
ハンセン博士は、MITの医用工学・科学研究所と物理学科の教授であるレオニード・ミルニー博士と、ドイツ・ドレスデンのマックスプランク分子細胞生物学・遺伝学研究所とドレスデン・システム生物学センターのグループリーダーであるクリストフ・ゼヒナー博士と共に、この新しい研究の主執筆者の1人だ。MITのポスドクであるミケーレ・ガブリエレ博士、最近ハーバード大学で博士号を取得したヒューゴ・ブランダオ博士、MIT大学院生のシモン・グロッセ・ホルツ氏が本論文の主著者である。
ループの外側へ
MITのミルニー博士の研究グループは、コンピューターシミュレーションと実験データを用いて、ゲノム上のループは「押し出し」と呼ばれるプロセスによって形成され、分子モーターがループを徐々に大きくしていくことを明らかにした。このモーターは、DNA上の「ストップサイン」に遭遇するたびに停止する。ループを押し出すモーターはコヒーシンと呼ばれるタンパク質複合体であり、DNAに結合したタンパク質CTCFがストップサインの役割を担っている。このようなコヒーシンを介したCTCF部位間のループは、これまでの実験でも確認されていた。
しかし、これらの実験では、ある瞬間のスナップショットしか得られず、ループが時間の経過とともにどのように変化するかについては不明であった。今回、研究チームは、CTCFのDNA部位を蛍光標識する技術を開発し、数時間にわたるDNAループを画像化することが可能になった。さらに、画像データからループの発生を推定する新たな計算機手法を開発した。
ゼヒナー博士は、「この方法は、実験データのシグナルとノイズを区別し、ループを定量化するために非常に重要だった。我々は、実験による検出の限界に挑戦し続ける中で、このようなアプローチは、生物学にとってるる重要になると考えている。」と述べている。
研究者らは、この方法を使って、マウス胚性幹細胞のゲノムの伸張を画像化した。「今回のデータを、約12時間続く1回の細胞分裂サイクルに当てはめてみると、完全に形成されたループは、実際には約20〜45分間、つまり約3〜6%の時間しか存在しないことがわかる」とグロッセ・ホルツ氏は語っている。
「ループが細胞周期のごくわずかな期間しか存在せず、しかも非常に短命であるならば、この完全にループ化した状態が遺伝子発現の主要な制御因子であると考えるべきではないだろう。我々は、ゲノムの3次元構造が、遺伝子発現、DNA修復、その他の機能的な下流工程をどのように制御しているかについての新しいモデルが必要だと考えている。」とハンセン博士は言う。
完全に形成されたループは稀だが、部分的に押し出されたループは約92%存在することがわかった。このような小さなループは、これまでのゲノム内のループを検出する方法では観察することが困難だった。
「今回の研究では、実験データと高分子シミュレーションを統合することにより、ループのない状態、部分的に押し出された状態、完全にループした状態の相対的な程度を定量化することができた。これらの相互作用は非常に短いが頻繁であるため、これまでの方法ではそのダイナミクスを完全に捉えることができなかった。この新しい手法では、完全にループした状態とループしていない状態の間の遷移を解明することができる。」とブランダオ博士は語っている。
研究者らは、これらの部分的ループが、完全に形成されたループよりも、遺伝子制御においてより重要な役割を果たすかもしれないと仮定している。DNAの鎖は、ループが形成され始め、そして崩壊するときに互いに沿って走り、これらの相互作用は、エンハンサーや遺伝子プロモーターなどの制御因子がお互いを見つけるのを助けるかもしれないのだ。
「90%以上の確率で、一過性のループが存在する。おそらく重要なのは、これらのループが恒常的に押し出されることだ。短期間しか発生しない完全なループ状態よりも、押し出されるプロセスそのものの方が重要かもしれない。」とミルニー博士は語っている。
さらなるループの研究
ゲノム上に存在する他のループのほとんどは、今回研究したループよりも弱いため、研究チームは、他の多くのループも非常に一時的であることが証明されるだろうと考えている。研究チームは現在、この新しい技術を利用して、さまざまな種類の細胞で、こうしたループのいくつかを研究することを計画している。
「このようなループは1万個ほどあるが、我々はそのうちの1個を調べただけだ。この結果が一般化できることを示唆する間接的な証拠はたくさんあるが、それを実証したわけではない。新しい実験手法と計算手法を組み合わせた我々の技術プラットフォームを使えば、ゲノムの他のループにもアプローチし始めることができる」とハンセン博士は語っている。
研究者達は、病気における特定のループの役割も調査する予定だ。FOXG1症候群とよばれる神経発達障害など、多くの疾患は、ループダイナミクスの欠陥に関連している可能性がある。研究チームは現在、FOXG1遺伝子の正常型と変異型の両方、および癌原因遺伝子MYCが、ゲノムのループ形成にどのような影響を受けるかを研究しているところである。



